『大仏になった妻』
世のママは皆疲れている。
我が家の妻も例外ではない。
リビングに敷物を敷いて昼寝をしている次女の顔に、秋の西陽が差しそうなのでカーテンを静かに閉めてやる。
スヤスヤと深く眠る顔は天使そのものだ。
天使の横には朝からの家事に疲れた妻がソファーに体を横たわらせて、こちらもまた深く眠っている。
よほど疲弊しているのだろう、シンガポールのマーライオン顔負けで口がぱっくり開いている。
【天使とマーライオン】
言葉の響きが気持ちいい。どこかアジアの国のベテランアーティストの曲代でありそうだな〜なんて考えていると長女が小学校から帰宅。
学校から帰ってきた長女は、僕が座るダイニングテーブルの対面に着座し、タブレットでYouTubeを鑑賞しながら優雅なおやつタイムを過ごしている。
本日のメニューは【ねるねるねるね】だ。
おそらくは僕が小学生の頃に新発売となった商品。
魔女がプラスチックプレートの上で水と粉を混ぜ合わせて練り、一口食べて『美味い!!』と叫ぶコマーシャルはセンセーショナルで、僕をはじめ当時の子供達がこぞってスーパーに買いに行ったものだった。
あれから40年近くたっても、令和の小学生に変わらず愛されているのは味のみならず、自身で練って色の変色を楽しむという行為と、子供の健康を気にして買い与える親からのチェックを潜り抜けてきた企業努力に他ならないだろう。
ねるねるねるねに、合成保存料や合成着色料は使われていない。
素晴らしい商品だと思う。
ただ難点があるとするならば、小学校低学年がいくら慎重に粉と水を合わせて練ろうが、幾分かは粉がこぼれたりしてしまうという点だろう。仕上げに使うカラフルな細かいラムネたちもパラパラとよくこぼれる。
テーブルの上だけならまだしも、YouTubeに意識を持っていかれながら練るとなると、テーブルの下にまでそれがこぼれて行くのは必然だ。
スマホをいじりながら、そんなことを考えているとマーライオンが口を閉じて起きてきた。
『あー、お姉ちゃんおかえり。』
『ただいま』
『帰ってきたの全然気がつかなかった、ごめんね。』
『うん。』
『おやつ何食べてんの?』
『ねるねるねるね』
『ちょっと、朝から掃除機かけたりして綺麗にしたんだからパラパラパラパラこぼさないでね、お願いよ〜。』
『はーい。』
何が『はーい。』だ。ソファーに座る妻から長女の手元の有り様は見えていないからバレていないだけで、すでに【ねるねるねるね】はテーブルの上と床に【ぱらぱらぱらぱ】だ。
『はぁ、ちょっと深く昼寝してしまった。夕飯の準備しないと。』
そんなことを呟きながら妻が腰を上げてダイニングにやってきた。
『あ。』妻が長女の手元を見た。
長女はYouTubeに夢中で何も気がついていない。
終わった。
『アーンーター!!!!!!めちゃくちゃごほしてんじゃないかよーーーーー!!!!パラパラパラパラ!!!!こぼすなって言ってんでしょ、いっつも!!!!YouTubeなんかに気ぃ取られながら練ってるからそんなことになんのよ!!!!誰が掃除すると思ってんのよ!!!!てか、今朝も綺麗にやったばっかりだよー!!!!ママの仕事ばっかり増やして!!!!あーもう!!!!!』
『ごめんなさい。』そう言いながら席を立とうとする長女。
おそらくは床に落ちた粉を拾うつもりだろう。
『動くな!!!!!』刑事ドラマさながらの妻の叫び。
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