ママが「ぐだぐだ」する姿は、いつかあの子を救う「お守り」になる
夫が海外出張に出かけて数週間。
私と、2歳10ヶ月の息子、生後3ヶ月の赤ちゃん。
3人だけの生活の時のことです。
気づけば一日中、
座った記憶がないまま夜に。
ごはん、オムツ、公園、寝かしつけ、泣き声、またごはん。
慌ただしく過ぎる時間の中で、
ふと、ある感覚に
「ゾッと」した瞬間がありました。
「私、今、子育てを
『感情労働』にしてしまっているのでは…?」
“感情労働”とは、
接客業などのように、自分の素の感情をぐっと抑え、その場にふさわしい笑顔や共感を提供し続ける仕事のこと。
本当は疲れているのに、
本当は休みたいのに、
それでも笑顔で「大丈夫だよ」と言い続ける。
ワンオペで小さなふたりと向き合う日々は、
自分の気持ちにそっとフタをして、
“お母さん”という役を演じ続ける時間になっていました。
「パパがいない間、私がしっかりしなくちゃ」
「いつも通り、過ごさせてあげなきゃ」
そうやって自分を奮い立たせるほど、
気づかないうちに、
肩に力が入りすぎていたんだと思います。
そしてある時、
張り詰めていた糸が、ぷつんと切れました。
動画をなかなかやめられず
ごはんを食べない息子に、
抑えきれない苛立ちがあふれて、
親として、決して口にしてはいけない言葉を投げつけてしまいました。。。
泣きじゃくる息子を前に、
「私、何やってるんだろう」「親失格だ」
そんな言葉が、頭の中をぐるぐる回ります。
それから、トイレに一人こもり冷静になった時、
ふと思い出した光景がありました。
それは、私自身の子供の頃の記憶です。
今振り返って思い出す「お母さん」の姿といえば、家事を完璧にこなしている姿ではなく、
一緒に床でゴロゴロして笑い合った時間や、
お母さんが何か失敗したときに
「ああ、やっちゃったぁ!笑」って、
ぺろっと舌を出しておどけていた、
あのなんでもない瞬間だったりするんです。
あのとき、私は子供ながらに、
「あ、お母さんも失敗するんだ」
「適当でもいいんだ」と感じて、
どこかホッとしたのを覚えています。
ここまで自分を追い詰めてしまったのは、
それだけ、この子たちを大切に思ってきたから。
ちゃんと守りたかった。
ちゃんと愛したかった。
その気持ちがあったからこそ、
空っぽになった心が、悲鳴を上げたのかもしれない。
だからこそ、今はこう考えています。
「お母さんが、いっぱいいっぱいになる前に休む姿を見せること」
それも、立派な子育てなんじゃないか、と。
親がいつも完璧で、
仏様みたいに穏やかでいる必要なんて、きっとない。
「ママ、今ちょっと疲れちゃったから、ぐだぐだするね」
そう言って、自分の限界を認めること。
休息を必要とする、
一人の人間としての姿を見せること。
この子が大人になって
何かにつまずいたり、疲れたり、
自分を責めたりしたときに、
ふと思い出す「お守り」になるかもしれない。
「ああ、お母さんも、あのとき無理しなかったな」
「完璧じゃなくても、生きていてよかったんだな」
そんなふうに、自分をゆるして、
再び歩き出すための大きな助けになる。
そう信じています。
さいごに
最近、あなたは「休みたい」と口にできていますか?
完璧であろうとするほど、
私たちは、いちばん身近な自分に厳しくなってしまいますよね。
一人で抱え込まず、
少しだけ肩の力を抜いていきましょう☕️
今日も、精一杯生きた私たち、
お疲れさまです🍻
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書き手:さかき
👩💼横浜在住、2人の男の子(3歳・0歳)の母。 大手生命保険会社での11年の経験を経て、現在は「保険を売らないFP」として活動中。忙しい日々の中で、自分らしさと家計の心地よいバランスを模索しています。
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ありがとうございました✨
