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大分交通 宇佐参宮線跡

 高校1年の夏休みに歩いた廃線跡を記事にまとめておくことにしました。写真は撮影順。
 営業期間は1916年~1965年とのこと。


宇佐八幡駅 → 宇佐駅

バスの待合室になっていた旧宇佐神宮駅舎。
本格的な神社風。
機関車
明治27年ドイツ製です。

 写真がどれも緑がかっているのはフジフィルム(ネガ)の特性だと思われます。
 一部は今回自分で色味を修正しました。

がっちりした橋脚。
わだちはあります。
(写真横方向)築堤です。
ホーム跡。橋津駅だったと思いますが、隣の宇佐高校前駅の可能性もあります。
渡れません。
寄藻川だと思われます。現存しません。

 地元では軽便(けいべん)と呼ばれていましたが、軽便鉄道は一般的にレール間隔が762ミリで、それだと国鉄貨車が直通できないので、ここは初めから1067ミリでした。

広告塔は別府温泉。
私は母がこの路線の終点:豊後高田市にあり、そこに泊まれるので、逆に別府温泉に宿泊することは10年前までありませんでした。
ここもよく残っていました。
どこもガーダー橋ですね。
真夏なのにずいぶん歩きました。
▲築堤で日豊本線を越える。▼
この路線が営業中は国鉄が非電化だったので、築堤の高さが架線ビームより低い。

宇佐駅 → 豊後高田駅


現代。丘の上に「USA(うさ)」の文字です。
日豊本線特急「ソニック」(宇佐通過)の先頭座席で写しており、斜めの黒いのはワイパーです。
前半と別の日の夕方。
封戸(ふべ)駅。豊後高田市です。
いちおう歩けるように、隙間なく古枕木。
クルマが通れます。

この記事で名前が出た以外に駅はありませんでした。

終点豊後高田駅。
細長いバス乗り場は(少なくともその向きは)鉄道のホームの名残です。
この当時宇佐からバスで着くと駅舎を通って反対側に、さらに東へ向かう同社バスの停留所があるという、妙な構造でした。
自分の記録がなく不詳ですが、宇佐参宮線の車両を保存していたようです。
コダックフィルム
(別府駅前)大分交通は、高速バスも含む比較的大きなバス会社として存続しています(一部分社化)。

高田城

ついでにご紹介しています。
とっくにカラー写真の時代ですが、白黒が好きだった(たまに自分で現像・焼き付け)ので使うことがありました。

大分交通耶馬渓線(少し)

 現役時代に撮っていたのを一部ご紹介します。
 コダックフィルム

中津駅。
車庫内の2両は和歌山県の紀州鉄道へ移り、そこでも乗ったことがあります。
野路(のじ)駅。
当時もう耶馬渓方面は廃線で、ここが終点でした。

 耶馬渓線の車両をそのまま使ったレストラン+宿泊施設が中津市にあるので、12月に行ってみます。

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