日 ーなぜ言えなかったんだろうー
これを書いたのは、今から15年前のことです。なぜその時に母のことを書こうとしたのか。確かな理由は思い出せません。しかし、書いた時期は覚えています。東日本大震災の時。私は、何かを伝えたい、そう漠然と思いました。そして、浮かんだのが、母でした。母でなければならない理由はなかった。しかし、自分を見つめ直すのに必要なのは、母の存在でした。こう書いてみて思うのです。ただそれは今の私が理由を考えているだけで、当時の本当の理由はわからないのだ、と。
『彼方に(仮)』で父のことを書いたので、続けて、かつて母のことを書いた『日』を載せようと思います。載せるにあたり、読んでくださっている数少ない皆さまに非常に申し訳ないのですが、今回の『日』は有料にさせていただきたく思うのです。何故ならば、この『日』は、15年前、20冊ほど事務所に協力して頂き印刷して、値段は付けず、東日本大震災の募金という形で買って頂き、その売上全てを募金したからなのです。その数少ない買って頂いた皆さまに感謝の気持ちも込めて、今回も有料にさせていただきたく思います。
では、今回、募金するか、と問われたら「しない」のですが、そのお金は自己研鑽のために使わせていただきます。ごめんなさい!
お金を払ってまで読む内容ではないかもしれません。ですので、全く読まれなくてもかまいません。そして、いつかどこかで、無料で公開するかもしれません。
だからと言うわけではないのですが、優しい気持ちで読んで頂ければ幸いです。
2026.5.20
土谷ひろし
※本編は極力、書いた当時のままにしております。アイも変わらず拙い文章ですが、よろしくお願い致します。
『序章』
四年前、十月十六日、母が死んだ。
胆管癌から、骨に転移。ふっくらして可愛らしかった母は、見たことがないまでに痩せていた。
喧騒が嫌いな母の深夜の死。ひっそりと逝く母は、母らしかった。
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