「で」の5周目 2026/08/19

「で」という事で連濁の「溺愛」の話題を。
溺愛とは、相手を可愛がりすぎて、分別を失うほどの愛情を注ぐことです。
愛情は人を育てるために不可欠ですが、度が過ぎれば、相手の自立心を奪うこともあります。
今回は、幼少期に注がれた愛情が、その後の人生を大きく分けた二人を紹介します。

一人目は、37年に生まれたローマ皇帝ネロです。
幼くして父を失った彼を、母アグリッピナは強く庇護しました。
49年には皇帝クラウディウスと再婚し、息子ネロを養子に迎えさせて皇位継承への道を整えます。
さらに哲学者セネカらを教育係につけ、54年に16歳ほどのネロを皇帝の座に就けました。
当初は穏健な統治を行いましたが、次第に母親の干渉を疎ましく思うようになります。
59年には母を殺害し、その後は周囲の忠告にも耳を傾けなくなりました。
最後には反乱によって追い詰められ、68年に自ら命を絶ちます。
母の愛情は、ネロに「自分は特別だ」という意識を与えたのかもしれません。
しかし、それが絶対的な権力と結びついたとき、悲劇へと変わりました。

二人目は、1940年に生まれた物理学者キップ・ソーンです。
8歳の頃、母親に連れられて太陽系の講演を聞いた彼は、宇宙に夢中になります。
母親はその興味を笑わず、二人で自宅前に太陽系の縮尺模型を作りました。
「面白いなら一緒にやってみよう」と、好奇心を育てたのです。
13歳で物理学に魅せられた彼は、やがてブラックホールや重力波を研究します。
重力波とは、巨大な天体の動きによって生じる「宇宙を伝わる時空の波紋」です。
多くの仲間と研究を続け、2015年に観測装置LIGOが初めてその波を捉えると、2017年にノーベル物理学賞を受賞しました。

二人に共通するのは、幼い頃から「特別な存在」として向き合われたことです。
しかし、ネロには母親が決めた道が与えられ、ソーンには自ら道を探す自由が与えられました。
溺愛そのものが悪いのではありません。愛情によって相手を囲い込むのか?自分の足で歩けるよう背中を押すのか?その違いが大切なのです。
愛することと、相手の人生を決めることは、決して同じではないのです。

そう考えると、自分の「好き」を否定せず、一緒に追いかけてくれる大人に出会えることも、人生の大きな「運」なのかもしれません。
そして、授かった愛情を依存ではなく好奇心へ変えられるかどうかが、その後の運命を分けるのではないでしょうか?

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