花王は何を知り、何を見逃し、何を語ってきたのか
オアシスの報告書が突きつける、本当の問題
先日私は「サス経」に掲載した記事「なぜ大株主は花王に異議を唱えたのか?」で、香港の投資ファンドOasis Management Company(オアシス)が花王に臨時株主総会を請求した件について、その構造的な意味を書きました。そこで述べたかったのは、サプライチェーンの自然リスクが、もはやNGOによる批判ではなく、投資家による企業価値とガバナンスの問題として扱われる段階に入ったということでした。
しかし、オアシスが「Protect Kao」という特設サイトで公開している報告書を読み込んでみると、問題はそれだけでは済みません。もしそこに書かれていることが概ね正しいのだとすれば、これは単なる「対応不足」でも「目標未達」でもありません。花王がこれまで開示してきたサステナビリティの姿と、現実のサプライチェーン管理との間に、大きな乖離があった可能性を意味します。
私を含めて、生物多様性やサステナビリティに関わる多くの人は、花王を日本企業の中ではかなり先進的な「優等生」だと見てきました。だからこそ、もしこれが本当だとすれば、大きなスキャンダルですし、私自身も大いに幻滅します。問われているのは、花王が失敗したかどうかだけではありません。花王が何を知り、何を見逃し、そのうえで何を語ってきたのかです。
もちろん、現時点ではこれはオアシス側の主張に過ぎません。私たちには独立に現地検証する材料はなく、評価は慎重であるべきでしょう(オアシスの調査報告は公開情報に基づいており、現場での直接的な調査は含まれていません)。ただし、これは企業に対して攻撃的なNGOによるキャンペーンとは意味が違います。6.64%もの株式を持つ大株主であり、さらに3月22日に提出された変更報告書によれば、保有比率は9.90%まで引き上げられています。自らの資産価値を左右しかねない問題として、大株主がここまで具体的な論点を示しているのです。軽く扱うことはできません。
私は現時点で、オアシスの指摘には相当の信ぴょう性があると見ています。個々の事実を独立に確認したわけではありませんが、論点同士があまりにも整合的だからです。しかも、大株主であるオアシスに、虚偽の事実を並べて自らの投資先を不必要に傷つける合理的な理由も見当たりません。
何が問題なのか。レポートの結論はかなり重い
オアシスのレポートの結論は明快です。花王が掲げるサステナビリティの方針や取り組みが、主要原材料のサプライチェーンにおける環境・社会基準の遵守という点で、本当に実態を伴っていたのか。そこが強く問われています。
つまり問題は、目標が低いことではありません。むしろ高い方針を掲げながら、その方針に照らして排除あるいは厳格に管理されるべきサプライヤーとの関係が残り、しかもそれが外部には見えにくい形になっていたのではないか、という点です。
高リスクサプライヤーの何が問題か
ここはかなり具体的に見ておく必要があります。オアシスが問題にしているのは、単に「問題のある会社と取引を続けていた」ということではありません。花王自身が「森林破壊禁止・泥炭地開発禁止・搾取禁止(NDPE)」方針を掲げ、森林破壊への不加担、人権尊重、地域住民からの土地収奪や労働搾取の不容認を表明してきたにもかかわらず、その方針と整合しない可能性が強く疑われるサプライヤーとの関係が続いていたのではないか、という点です。
しかもこれは、一般論ではありません。同業他社がすでに取引を停止しており、しかも国際的に重大な論争が広く知られているサプライヤーとの関係が俎上に載せられているのです。ここで問われているのは、見落としがあったかどうかだけではなく、花王はそれを知っていたのか、知らなかったのか、知っていてどう判断したのかということです。
経営陣はおそらく、サプライチェーンの「現場」を自分の目で見て確認しているわけではないでしょう。では担当部門の社員はどうだったのか。仮に「見ていた」としても、その情報を正しく評価できたのか。あるいは、問題が見える仕組みそのものが十分ではなかったのか。ここでサステナビリティは、「方針の問題」ではなく、組織としての「判断能力の問題」になります。
もしかすると、調達担当は、それが問題のあるサプライヤーだと分かっていたかもしれません。しかし、価格、安定供給、契約関係、代替先の不足から、そのサプライヤーとの関係を切れなかったのかもしれません。その結果、実際のサプライチェーンは変えられないまま、他方で対外的には「対応している」姿を整える必要があった。その結果、その矛盾を埋めるため、次に述べるブック・アンド・クレーム方式へ依存せざるを得なかったのかもしれません。以上はあくまで私の想像ですが、現場ではそんな板挟みがあったのかもしれません。
ブック・アンド・クレーム方式は何が弱いのか
今回の件で私が非常にショックを受けたのが、「RSPO認証油」の中身です。
花王の製品の非常に多くが依存する原材料のパームオイルは、森林破壊や農園における人権侵害などの問題があるため、そうした問題をクリアしていることを示す認証制度をRSPO(持続可能なパームオイルのための円卓会議)が運用しており、花王も会員となってその認証を利用しています。
花王自身がRSPOに提出した年次レポート ACOP 2024 を見ると、同社の総使用量は 518,634 トンですが、認証油等は 38.57% にとどまっています。これは同業他社が軒並み8割以上なのに比べて明らかに低い数値です。
しかも、その認証パーム油・クレジットの内訳を見ると、全体の約4分の3がクレジット、すなわちブック・アンド・クレーム(B&C)系です。誘導体・分画を除いた直接購入分に限れば、その比率は9割を超えます。物理的な認証油モデルのうち SG(Segregated)と IP(Identity Preserved)はいずれもゼロです。物理的なモデルとしてわずかに使用しているのは MB(Mass Balance)のみでした。

これはかなり重い事実です。なぜなら、B&C は認証された持続可能なパーム油そのものを物理的に調達する仕組みではなく、クレジット購入によって RSPO の認証制度を間接的に支える方式に過ぎないからです。したがって、B&C に大きく依存しているということは、現実のサプライチェーンを変えていることの証明にはならないのです。現場の森林破壊や人権侵害のリスクを直接減らす力は弱いと言わざるをえません。ですから、現在は最低でもMB、できればSG以上を求める企業が国際的に増えています。
さらに重要なのは、B&C はそもそも「RSPO認証油が製品に含まれている」と言明できる性質のものではないという点です。B&C で言えるのは、「認証された持続可能なパーム油の生産を支持しています」ということにとどまります。実際に、認証されたパーム油が物理的に製品に入っていると言えるのは、セグリゲーション(SG)やアイデンティティ・プリザーブド(IP)のように、物理的に分別・管理されたモデルに限られます。そして少なくとも、花王の ACOP 2024 では SG/IP はゼロでした。
私はRSPOが作られた20年前から、その変遷を見てきました。B&Cはもともと、簡便な入り口として用意された仕組みです。当時はたしかにそれが必要だったのです。
しかし、認証農園がある程度増えた段階で、もはやB&Cに頼り続けるのは望ましくない、やはり100%認証油を含むSGやIPへ移行すべきだという声が国際的に強くなってきました。
だからこそ、私は何年も前から日本企業に対して、さまざまな場面で口を酸っぱくして言い続けてきました。B&Cだけではもう不十分だ、と。認証されたパームオイルと呼べるのは、今や最低でもMBです。できればSG以上でなければ「認証油」とは言い難いのです。
だからこそ、花王ほどの企業が、2024年時点でもなおここまで B&Cに依存し、しかも SG/IP がゼロだったことは、本当に残念ですし、大きな失望を覚えます。
つまりここで問題なのは、RSPOの認証制度を使っているかどうかではありません。どの認証方式の油を、どの程度の比率で使っているのかです。そこを見なければ、実態を見誤ります。
厳しいことを言えば、花王はこの現実を把握していたはずです。なぜなら、RSPO への年次報告で自社で調達する認証油等の割合は 38.57% にとどまり、その大半はB&Cであり、SG/IP はゼロだったと明確に記しているからです。これは同社の「パームダッシュボード」から張られたリンクでも確認することができます。
しかも花王はACOP2024の中で、「3.3 2020年までに花王グループで使用するパーム油をRSPO 認証油(方式は問わない)に100%切り替える」、さらには「3.4 2020年までに花王グループで使用するパーム油を物理的なサプライチェーンの選択肢(IP、SG、および/またはMB)を通じて、RSPO認証を受けた持続可能なパーム油およびパーム油製品のみを使用する」という目標を掲げています。にもかかわらず、2024年報告の時点で両者ともに大きく乖離していました。ところがその理由について述べる欄は空白、つまり何も説明をしていないのです。
ここで生じる問いは重いと思います。これは単なる「遅れ」なのでしょうか。それとも、自社が到達できていない現実を知りながら、そしてその理由を明らかにしないまま、なお外には先進的な姿を語り続けていたということなのでしょうか。
問われているのは「語る力」ではなく「見抜く力」
もう一つ深刻なのは、グリーバンスメカニズムやモニタリングです。花王は、個人農家などの小規模農園でも苦情申し立てができるグリーバンスメカニズムを2022年以来導入していると喧伝してきました。ところが、その苦情処理の対象範囲がオアシスが指摘するようにきわめて限定的で、現場の問題が上がってこない仕組みになっていたのだとすれば、それは「問題が少なかった」のではなく、「問題が見えなかった」可能性があります。
そしてここで問われているのは、まさに花王が何を把握していたのかです。高い目標を掲げること自体は大切です。方針を出し、ダッシュボードを公開し、認証品の調達を進めることも必要です。しかし、それだけでは不十分です。
本当に必要なのは、サプライチェーンの現場で何が起きているのかを見抜き、それが自社の方針と整合しているかを判断し、問題があれば是正する力です。つまり、「語る力」ではなく、「見抜く力」と「是正する力」です。
花王には、明確で証拠ある反論を期待したい
他にもオアシスはさまざまな問題点を指摘していますが、この記事は花王の問題を指摘したり検証することが目的ではありませんので、ここですべて紹介することはしません。レポートの要約が日本語化されていますので、興味のある方は全文をお読みいただくことをお勧めします。
けれども、ここまで深刻な指摘が出ている以上、私は花王にはぜひ明確に反論していただきたいと思います。もしオアシスのレポートが事実と異なるのであれば、自分たちはもっと厳密に管理してきたのだということを、具体的なエビデンスとともに示していただきたいと思います。
どのサプライヤーをどう評価し、どの問題をどう認識し、どこで是正を求め、どこで取引停止を判断し、なぜその認証方式を採用したのか。そこまで示して初めて、花王のこれまでの開示や自己評価の信頼性が守られます。
そうでなければ、花王の評判は地に落ちてしまうでしょう。これまで「優等生」と見られてきたからこそ、その反動は大きいはずです。
ただし第三者委員会も、それだけでは足りない
もっとも、オアシスが提案する第三者委員会で十分かというと、私はそこにも疑問があります。会社法、情報開示、内部統制、ガバナンスの専門家はもちろん必要です。しかし、本当に問われているのは、森林保全、労働人権、パーム油、紙パルプ、NDPE、RSPOなどの現場をよく知り、問題をしっかり見抜ける専門性です。
どの衛星データをどう読むのか。現場の状況から、どのような問題やリスクが隠れているかを察知できるか。どの違反がどの基準に照らして重大なのか。グリーバンスメカニズムが形式ではなく実際に機能しているのか。こうした判断は、サプライチェーンの現場を理解する専門家がいて初めて可能になります。
だから本当に必要なのは、単なる第三者委員会ではありません。サプライチェーンのリスクマネジメントを本気で検証できる専門家集団による検証であり、是正です。
そしてそれは花王自身にも求められています。経営陣にも、担当部門にも、方針を語る力だけではなく、現場で何が起きているかを見抜き、是正する専門性が必要なのです。サプライチェーンの問題は本社の会議室ではなく、調達の現場で起きているのです。
花王だけの問題ではない
今回問われているのは、花王が「優等生」だったかどうかではありません。優等生であると語ってきたその中身が、本当に現実を伴っていたのかどうかです。花王が組織的に事実と異なる開示を行ってきたとは、私も思いたくありません。しかし、だとすれば、どこで見落としや不適切な判断が生じたのかが問われます。
そして実はこの問いは、花王だけのものではありません。日本企業全体が、サステナビリティを「語る段階」から、「見抜き、是正する段階」へ移行できるのか。そこが問われているのです。
立派なTNFDレポートを出しても、現場を見ていなければ、現場を管理できていなければ、それこそ絵に描いた餅です。
行動すると言っても、
方針をつくる。
目標を掲げる。
ダッシュボードを公開する。
それだけでは、もう足りないのです。
本当に必要なのは、サプライチェーンの奥で何が起きているのかを見抜き、そこで起きている問題を是正できる専門性です。経営陣にも、担当部門にも、そして第三者委員会にも、それが求められる時代に入ったのだと思います。
その上でサプライチェーンを持続可能に変革していく。そうした力を、花王にも、他の日本企業にもしっかり身につけて欲しいと強く思います。
初出:2026年3月24日
このテキストおよび図解は、公益的な目的であれば自由に引用・転載・活用いただけます。
その場合、出典元として「最初のひとしずく」と記していただけますと幸いです。
※認証油の割合について一部わかりにくい表現がありましたので、修正いたしました。(2026/03/27)

