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脳の緊急モードは、生まれつきじゃなかった。私がこのシリーズを書き続ける、本当の理由。

🐕「今日は、少し深いところの話をするワン」

こんにちは、ゆる柴AIラボのゆる柴です。
今日は少し、いつもと違う話をさせてください。
このシリーズを読んでくれている方から、時々こんな感想をもらいます。
「なんでこんなに深く書けるの?」
「自分のことを言われてるみたいで怖いくらい」
「どうしてこんなにわかるの?」
今日は、その答えを話そうと思います。


他人ごとじゃないから、書けている

正直に言います。
このシリーズで書いてきたこと、全部、私自身の話です。
「脳の緊急モード」も、「ちゃんとしなきゃループ」も、「気を遣いすぎる脳」も、「何もしてないのに疲れる」も。
研究して書いているんじゃなくて、自分の脳で体験してきたことを、言語化してきただけです。


私の脳が緊急モードになった理由

このシリーズを読んでくれた方は、「脳の緊急モード」という言葉を覚えていますか。
「ちゃんとしていないと危険だ」という信号を長年受け取り続けた脳が、警戒状態を通常運転にしてしまう状態のことです。
私の場合、この「緊急モード」は生まれつきじゃなかった。
幼少期の環境が、作り上げたものでした。
詳しいことはメンバーシップで少しずつ話していくつもりですが、ひとつだけ言わせてください。
私は、いわゆる「毒親」に育てられました。
毎日の生活の中で、「何をしても怒られるかもしれない」という緊張の中で育ちました。お母さんの機嫌を秒で読んで、先読みして、やらかさないように動き続けた。
その経験が、脳に「常時警戒」を刷り込みました。
「気を遣いすぎる脳」「電話の着信音でビクッとする」「誰かが怒っているだけで体が固まる」。
このシリーズで書いてきたこと全部の、根っこがここにありました。


30代まで気づかなかった

「毒親」という言葉を知ったのは、30代になってからです。
それまでずっと、「自分がおかしいのかも」と思って生きていました。
「なんで私はこんなに疲れやすいんだろう」
「なんで人間関係でこんなに消耗するんだろう」
「なんで普通に生きることがこんなに難しいんだろう」
ある日、ネットで「毒親」という言葉を見つけて、そのページを読んでいくうちに、
「ん?これ、私のことが書かれてる」
という衝撃を受けました。
自分の生きづらさに、初めて名前がついた瞬間でした。


10年かけて、今ここにいる

その後、本を読んで、カウンセラーに話して、手紙を書いて、絶縁しました。
簡単じゃなかったです。怖かったし、罪悪感もあった。「親を捨てるなんて」という声も聞こえた。
でも今、40代の私は、自立して、生きやすくなっています。
完璧に回復した、なんてことはない。今もしんどい日はあります。
でも、あの頃と比べたら、全然違う場所に立っています。


このシリーズを書いている理由

私と同じような背景を持つ人が、たくさんいると思っています。
「脳の緊急モード」「ちゃんとしなきゃループ」「気を遣いすぎる脳」。
これらに深く共感してくれる人の中に、きっと似たような経験を持つ人がいる。
「自分がおかしいのかも」と思いながら生きている人がいる。
その人に「おかしくないよ、理由があるんだよ」と伝えたくて、書き続けています。
ゆる柴AIラボは、脳が休めない人のための避難場所として作りました。
でもその根っこには、「私みたいな背景を持つ人にも、ちゃんと休んでいい場所を作りたい」という気持ちがあります。


メンバーシップで話していくこと

もう少し深い話を、メンバーシップで少しずつ書いていこうと思っています。
• なぜ私の脳は緊急モードになったのか
• 「毒親」と気づくまでの話
• 絶縁するまでの道のり
• 回復していった過程
• 今の私がどう生きているか
完璧なサクセスストーリーじゃないです。
でも、「同じような場所から、こうやって生きてきた人がいる」という話は、できると思っています。
もし興味があれば、覗いてみてください。


今日、少し深い話をしたことに、お付き合いいただきありがとうございました。
いつも読んでくれていること、本当に嬉しいです。


🐕「根っこの話を、少しずつ話していくワン。一人じゃないよ、だワン」


詳しい話はこちら↓


📝 この記事はゆる柴AIラボ(ゆる柴)が書いています。特定の医療・心理的診断を目的としたものではありません。しんどさが続く場合は、専門家への相談もぜひ。

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