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チャンドーギヤ・ウパニシャッド第四篇—真実を語る者に、火は教える

真実を語る子に、火は近づく。
車の下の知者に、王は頭を下げる。
牛も鳥も、もの言わぬ世界も、道を教える。
知る者は、傷ついた祭りを、もう一度つなぐ。

第四篇は、知る者とは誰かを語る巻です。
王であること。
財を配ること。
家柄がはっきりしていること。
祭りの作法を知っていること。
それらは、たしかに大切です。
けれど、この巻は、その奥を見ます。
人は、真実を語れるか。
人は、学ぶために頭を下げられるか。
人は、火を守りつづけられるか。
人は、世界の声を聞くことができるか。
そこに、知る者への道があると語ります。
前の第三篇では、太陽、息、心、ブラフマンが、大きな宇宙の話として語られました。
この第四篇では、その教えが、人間の物語になります。
王がいます。
車の下にいる知者がいます。
母と子がいます。
先生と弟子がいます。
牛が語ります。
火が語ります。
鳥が語ります。
そして、最後に先生が、教えを整えます。
ブラフマンとは、世界の根にある大きなものです。
神という一語だけでは足りません。
宇宙という一語だけでも足りません。
目には見えないけれど、すべての中にあり、すべてを支えているものです。
アートマンとは、自分の奥にある本当の自己です。
ただの性格や気分ではありません。
生まれて、老いて、死んでいく自分の奥にある、変わらないものです。
プラーナとは、生命の息です。
ただの呼吸ではありません。
見ること、聞くこと、話すこと、考えることを支える、生きる力そのものです。
ヴァーユとは、風です。
ここでは、ただの空気ではありません。
火も、太陽も、月も、水も、最後に帰っていく大きな流れです。
外の世界では、風がすべてを受け入れます。
身体の中では、息がすべてを受け入れます。
人が眠るとき、言葉は静かになります。
目も休みます。
耳も遠くなります。
心も昼のようには動きません。
けれど、息は残ります。
だから、外では風。
内では息。
この二つが、世界と身体を結んでいます。
この巻で、とくに美しいのは、サティヤカーマの話です。
彼は、自分の父が誰なのかを知りません。
母も、それを隠しません。
分からないことを、分からないと言います。
サティヤカーマも、そのまま先生に伝えます。
すると先生は言います。
真実から外れなかった者こそ、学ぶにふさわしい。
この一言が、この巻の中心にあります。
知は、飾った家柄よりも、真実の言葉に近づきます。
知は、王の贈りものよりも、学ぼうとする心に近づきます。
知は、火を守る者に近づきます。
知は、世界に耳をすます者に開かれます。
ライクヴァは、王宮にいません。
車の下にいます。
サティヤカーマの先生は、人間だけではありません。
牛です。
火です。
ハンサです。
水にもぐる鳥です。
ウパコーサラの先生も、最初は人間ではありません。
十二年も守ってきた火が、彼に語ります。
けれど、この巻は、自然だけで十分だとは言いません。
牛や火や鳥が教えたあと、最後に人間の先生が教えを完成させます。
世界が教える。
先生が整える。
この二つが、ここでは同じくらい大事です。
最後には、祭りの話になります。
祭りには、心の道と言葉の道があります。
言葉だけでは、片方の車輪で進む車のようになります。
心だけでも、祭りは形を持ちません。
心と言葉がそろうとき、祭りは傷つかずに進みます。
もし傷ついても、知る者がいれば、祭りはつなぎ直されます。
金をつなぐように。
銀をつなぐように。
木を革でつなぐように。
壊れたものは、知と祈りによって、もう一度つながります。
第四篇は、そういう巻です。
真実を語る者に、世界は教える。
火を守る者に、火は答える。
知る者は、光へ向かう。
そして、傷ついたものを、静かに直す者となるのです。


FOURTH PRAPÂTHAKA.
FIRST KHANDA.
チャンドーギヤ・ウパニシャッド第四篇
第一章
むかし、ジャーナシュルティ・パウトラーヤナという王がいました。
王は、信心深い人でした。
財を惜しみませんでした。
家を開き、食べ物を用意し、旅人が休める場所を、あちらこちらに作りました。
どこにいる人にも、食べるものが届くようにしたい。
王は、そう願っていました。
ある夜のことです。
空は静かでした。
王の家の上を、ハンサという水鳥たちが飛んでいきました。
その一羽が、もう一羽に言いました。
「気をつけよ。
ジャーナシュルティの光は、空のように広がっている。
近づきすぎれば、焼かれてしまうかもしれない」
それは、王の徳をほめる言葉でした。
けれど、もう一羽の鳥は、静かに答えました。
「なぜ、あの人を、車のライクヴァのように言うのか。
あの人は、王族にすぎないではないか」
最初の鳥はたずねました。
「車のライクヴァとは、誰のことか」
鳥は答えました。
「さいころで、クリタという最高の目を出す者がいる。
その目が出れば、下の目はみな従う。
それと同じように、人々の善い行いも、ライクヴァの知のもとへ集まる。
彼は、そのようなことを知っている人だ」
王は、その鳥たちの声を聞いていました。
夜の闇の中で、鳥の言葉は、胸に刺さりました。
朝になると、王は門番を呼びました。
「友よ。
おまえは、わたしを車のライクヴァのように語っているのか」
門番は言いました。
「そのライクヴァとは、どのような方なのですか」
王は、鳥の言葉をそのまま語りました。
そして、ライクヴァを探すよう命じました。
門番は探しに行きました。
けれど、最初は見つかりませんでした。
王は言いました。
「知る者を探す場所へ行きなさい。
人の少ない、静かなところへ行きなさい」
門番は、さらに探しました。
そして、一人の男を見つけました。
その男は、車の下に横たわっていました。
身体のただれたところを、かいていました。
立派な衣もありません。
王宮の賢者のような姿でもありません。
門番は近づいて、たずねました。
「尊い方よ。
あなたが、車のライクヴァですか」
男は答えました。
「ここにいるわたしが、それだ」
門番は帰り、王に告げました。
「見つけました」

SECOND KHANDA.
第二章
王は、贈りものを持って出かけました。
六百頭の牛。
首かざり。
ラバが引く車。
それらを持って、ライクヴァのもとへ行きました。
王は言いました。
「ライクヴァよ。
これらを受け取ってください。
そして、あなたが深く思っている神について、わたしに教えてください」
ライクヴァは、王を見ました。
そして言いました。
「それらのものは、おまえのものにしておけ。
シュードラよ」
王に向かって、ライクヴァはそう呼びました。
強い言葉です。
けれど、王は退きませんでした。
今度は、千頭の牛を連れてきました。
首かざりも、車も持ってきました。
さらに、自分の娘も連れてきました。
そして、ライクヴァの住む村までも差し出しました。
「尊い方よ。
どうか、わたしに教えてください」
ライクヴァは、その娘の口を見ました。
そして王に言いました。
「おまえは、牛も、車も、首かざりも持ってきた。
けれど、わたしに口を開かせたのは、この口だけだ」
財宝では、知の門は開きませんでした。
王の身分でも、開きませんでした。
人と人との結びつきが、ようやくその口を開かせました。
ライクヴァは、その地に住むことになりました。
そして、王に教えを語りはじめました。

THIRD KHANDA.
第三章
ライクヴァは言いました。
「ヴァーユ、すなわち風は、すべての行きつく先である。
火が消えるとき、火は風の中へ入る。
太陽が沈むとき、太陽は風の中へ入る。
月が沈むとき、月は風の中へ入る。
水が乾くとき、水は風の中へ入る。
風は、それらすべてを飲みこむ」
ここまでは、神々の世界のことです。
火も、太陽も、月も、水も、ただのものではありません。
それぞれが、神々の働きとして見られています。
では、人の身体ではどうでしょうか。
ライクヴァは続けます。
「身体の中では、プラーナ、すなわち生命の息が、すべての行きつく先である。
人が眠るとき、言葉は息の中へ入る。
見る力も、聞く力も、心も、息の中へ入る。
息は、それらすべてを飲みこむ」
外の世界では、風。
身体の中では、息。
これが、ライクヴァの教えでした。
そのころ、シャウナカ・カーペーヤと、アビプラターリン・カークシャセーニという二人が、食事をしていました。
そこへ、一人のブラフマチャーリンが来ました。
ブラフマチャーリンとは、先生のもとで学ぶ若い修行者です。
彼は食べ物を求めました。
けれど、二人は与えませんでした。
若者は言いました。
「一人の神がいる。
その神は、四つの大いなるものを飲みこんだ。
その神は、世界の守り手である。
人々は、その神を見ない。
この食べ物は、その神のものなのに、まだ与えられていない」
これは、なぞのような言葉でした。
四つの大いなるものとは、火、太陽、月、水です。
それを飲みこむ神とは、風です。
シャウナカは、その意味を悟りました。
そして言いました。
「この若者に、食べ物を与えなさい」
こうして、若者は食べ物を受けました。
この教えでは、五つと五つが重ねられます。
外では、食べる者である風と、食べ物である火、太陽、月、水。
内では、食べる者である息と、食べ物である言葉、目、耳、心。
五つと五つで、十になります。
その十は、クリタです。
最高の目であり、世界をまとめる数です。
このことを知る者は、世界を見る者となります。
そして、食べ物を食べる者となるのです。

FOURTH KHANDA.
第四章
次に、サティヤカーマ・ジャーバーラの話が始まります。
サティヤカーマは、母に言いました。
「母よ。
わたしは、ブラフマチャーリンになりたいのです。
わたしは、どの家の生まれなのでしょうか」
母の名は、ジャーバーラーでした。
母は、息子に言いました。
「わたしの子よ。
おまえがどの家の生まれなのか、わたしには分かりません。
わたしは若いころ、召し使いとして、あちこち動き回っていました。
そのころに、おまえを身ごもりました。
だから、おまえがどの家の生まれなのか、わたしには分からないのです。
わたしの名は、ジャーバーラーです。
おまえの名は、サティヤカーマです。
だから、サティヤカーマ・ジャーバーラと名乗りなさい」
母は、飾りませんでした。
嘘もつきませんでした。
分からないことを、分からないと言いました。
サティヤカーマは、ガウタマ・ハーリドルマタという先生のもとへ行きました。
「尊い方よ。
あなたのもとで学ばせてください」
先生はたずねました。
「友よ。
おまえは、どの家の生まれか」
サティヤカーマは、母の言葉をそのまま語りました。
父の名を知らないこと。
母が召し使いとして動き回っていたこと。
自分は、サティヤカーマ・ジャーバーラであること。
先生は、その言葉を聞いて言いました。
「本当のブラーフマナでなければ、このようにありのままに語ることはできない。
おまえは、真実から外れなかった。
たきぎを持ってきなさい。
わたしは、おまえを入門させよう」
サティヤカーマは、学ぶ者となりました。
先生は、やせて弱った牛を四百頭選びました。
そして言いました。
「友よ。
この牛たちの世話をしなさい」
サティヤカーマは、牛たちを連れて森へ行きました。
そして、自分に言いました。
「この牛たちが千頭になるまでは、帰らない」
年月が過ぎました。
森の風の中で、牛たちは増えていきました。
やがて、千頭になりました。

FIFTH KHANDA.
第五章
そのとき、牛の群れの中の牡牛が、サティヤカーマに語りました。
「サティヤカーマよ」
彼は答えました。
「はい、尊い方よ」
牡牛は言いました。
「わたしたちは、千頭になった。
わたしたちを、先生の家へ連れて帰りなさい。
その前に、わたしはおまえに、ブラフマンの一つの足を語ろう」
サティヤカーマは言いました。
「どうか、お語りください」
牡牛は言いました。
「東の方角。
西の方角。
南の方角。
北の方角。
この四つが、ブラフマンの一つの足である。
それは、プラカーシャヴァットと呼ばれる。
光り輝くもの、という意味である」
東に朝がありました。
西に夕べがありました。
南にあたたかい風がありました。
北に静かな空がありました。
四方へ広がる世界は、ただの広がりではありません。
ブラフマンの一つの姿でした。
このことを知る者は、この世で光り輝く者となります。
そして、光り輝く世界を得るのです。

SIXTH KHANDA.
第六章
牡牛は、さらに言いました。
「アグニ、すなわち火が、おまえに次の足を語るだろう」
翌朝、サティヤカーマは牛たちを進ませました。
夕方になると、彼は火を起こしました。
牛を囲いに入れました。
たきぎをくべました。
そして火の後ろに座り、東を向きました。
すると、火が語りました。
「サティヤカーマよ」
彼は答えました。
「はい、尊い方よ」
火は言いました。
「大地。
空。
天。
海。
この四つが、ブラフマンの一つの足である。
それは、アナンタヴァットと呼ばれる。
終わりのないもの、という意味である」
大地は足もとにありました。
空はその上に広がっていました。
天はさらに高く、海はどこまでも深く広がっていました。
火は小さく燃えているようでいて、終わりのない世界を映していました。
このことを知る者は、この世で終わりのない者となります。
そして、終わりのない世界を得るのです。

SEVENTH KHANDA.
第七章
火は、さらに言いました。
「ハンサが、おまえに次の足を語るだろう」
ハンサは、水鳥です。
ここでは、太陽を表す鳥です。
翌朝、サティヤカーマは、また牛たちを進ませました。
夕方、火を起こし、牛を囲い、東を向いて座りました。
そのとき、一羽のハンサが飛んできました。
「サティヤカーマよ」
「はい、尊い方よ」
ハンサは言いました。
「火。
太陽。
月。
稲妻。
この四つが、ブラフマンの一つの足である。
それは、ジョーティシュマットと呼ばれる。
光に満ちたもの、という意味である」
地上の火。
昼の太陽。
夜の月。
一瞬の稲妻。
光は、形を変えながら、世界を照らします。
その光もまた、ブラフマンの一つの姿でした。
このことを知る者は、この世で光に満ちた者となります。
そして、光に満ちた世界を得るのです。

EIGHTH KHANDA.
第八章
ハンサは、さらに言いました。
「マドグが、おまえに次の足を語るだろう」
マドグは、水にもぐる鳥です。
ここでは、プラーナ、すなわち生命の息を表します。
翌朝、サティヤカーマは牛たちを進ませました。
夕方、また火を起こしました。
牛を囲い、たきぎをくべ、東を向いて座りました。
そのとき、一羽の水にもぐる鳥が近づいてきました。
「サティヤカーマよ」
「はい、尊い方よ」
鳥は言いました。
「息。
目。
耳。
心。
この四つが、ブラフマンの一つの足である。
それは、アーヤタナヴァットと呼ばれる。
住む場所を持つもの、という意味である」
ここで、教えは外の世界から、人の内へ戻ってきました。
方角。
大地と天。
火と太陽と月。
そして、息、目、耳、心。
宇宙をめぐったあと、ブラフマンの住まいは、人の内にもあると示されたのです。
このことを知る者は、住まいを持つ者となります。
そして、住まいを与える世界を得るのです。

NINTH KHANDA.
第九章
サティヤカーマは、先生の家へ帰りました。
先生は、彼の顔を見ました。
その顔は、光っていました。
先生は言いました。
「サティヤカーマよ。
おまえは、ブラフマンを知る者のように光り輝いている。
いったい、誰がおまえに教えたのか」
サティヤカーマは答えました。
「人ではありません。
けれど、尊い方よ。
わたしは、あなたにこそ教えていただきたいのです。
先生から学んだ知識だけが、本当によいところへ導くと聞いているからです」
サティヤカーマは、牛からも、火からも、鳥からも教えを受けました。
それでも、先生を求めました。
世界が教えたものを、人間の先生が整える。
ここで学びは、完成へ向かいます。
先生は、彼に同じ知識を教えました。
何も、残されませんでした。
そうです。
何も、残されなかったのです。

TENTH KHANDA.
第十章
次に、ウパコーサラ・カーマラーヤナの話です。
彼は、サティヤカーマ・ジャーバーラの家で学ぶ弟子でした。
十二年のあいだ、先生の火の世話をしました。
火は、ただの生活の火ではありません。
祭りの火です。
神々へ供えものを届ける、聖なる入口です。
ところが先生は、ほかの弟子たちを家へ帰らせたのに、ウパコーサラだけは帰らせませんでした。
教えも与えませんでした。
先生の妻は言いました。
「この弟子は、すっかり弱っています。
それでも、あなたの火を心をこめて世話してきました。
火そのものがあなたを責めることのないように、どうか教えてあげてください」
しかし先生は、教えずに旅へ出てしまいました。
ウパコーサラは、悲しみのために食べることができませんでした。
先生の妻が言いました。
「食べなさい。
なぜ食べないのですか」
ウパコーサラは答えました。
「人の内には、多くの望みがあります。
それぞれが違う方へ迷い去ります。
わたしは悲しみでいっぱいです。
だから、食べ物を取りません」
すると、火たちが互いに言いました。
「この弟子は、わたしたちを心をこめて世話してきた。
よし。
わたしたちが、この子に教えよう」
火たちは、ウパコーサラに言いました。
「息は、ブラフマンである。
カ(Ka)、すなわちよろこびは、ブラフマンである。
カハ(Kha)、すなわち広い空間もまた、ブラフマンである」
ウパコーサラは言いました。
「息がブラフマンであることは分かります。
けれど、カ(Ka)というよろこびと、カハ(Kha)という広い空間がどういうものなのか、分かりません」
火たちは言いました。
「よろこびであるものは、広い空間である。
広い空間であるものは、よろこびである」
心の奥に、広い空間があります。
その広さは、静かなよろこびでもあります。
火たちは、息としてのブラフマンを教えました。
そして、心の中の空間としてのブラフマンを教えました。

ELEVENTH KHANDA.
第十一章
そのあと、ガールハパティヤの火が語りました。
ガールハパティヤの火とは、家に保たれる火です。
祭りの土台となる火です。
その火は言いました。
「大地。
火。
食べ物。
太陽。
これらは、わたしの姿である。
太陽の中に見える人。
それが、わたしである」
火は、炉の中だけにあるのではありません。
大地にもあり、食べ物にもあり、太陽にもあります。
世界のあちこちに、火の姿が隠れています。
このことを知り、太陽の中の人を深く思う者は、罪をほろぼします。
ガールハパティヤの火の世界を得ます。
寿命をまっとうし、子孫も滅びません。
火は、その人をこの世でも、あの世でも守るのです。

TWELFTH KHANDA.
第十二章
次に、アンヴァーハーリヤの火が語りました。
これは、南の火とも関わる火です。
祖先や供えものの側に結びつく火です。
その火は言いました。
「水。
方角。
星々。
月。
これらは、わたしの姿である。
月の中に見える人。
それが、わたしである」
火が、水を語ります。
火が、月を語ります。
ふしぎに見えます。
けれど、祭りの火は、ただ燃えているだけではありません。
世界の隅々へ通じる入口です。
このことを知り、月の中の人を深く思う者は、罪をほろぼします。
アンヴァーハーリヤの火の世界を得ます。
寿命をまっとうし、子孫も滅びません。
火は、その人をこの世でも、あの世でも守るのです。

THIRTEENTH KHANDA.
第十三章
最後に、アーハヴァニーヤの火が語りました。
これは、神々へ供えものをささげるための火です。
祭りの中心にある火です。
その火は言いました。
「息。
空間。
天。
稲妻。
これらは、わたしの姿である。
稲妻の中に見える人。
それが、わたしである」
息は、内にあります。
空間は、広がっています。
天は、高くあります。
稲妻は、一瞬だけ光ります。
火は、そのすべてを自分の姿として語りました。
このことを知り、稲妻の中の人を深く思う者は、罪をほろぼします。
アーハヴァニーヤの火の世界を得ます。
寿命をまっとうし、子孫も滅びません。
火は、その人をこの世でも、あの世でも守るのです。

FOURTEENTH KHANDA.
第十四章
三つの火は、ウパコーサラに言いました。
「これは、わたしたちの知識である。
そして、自己についての知識である。
けれど、そこから先の道は、先生が語るだろう」
やがて、先生が帰ってきました。
先生は、ウパコーサラの顔を見ました。
その顔は、ブラフマンを知る者のように光っていました。
先生は言いました。
「ウパコーサラよ。
誰がおまえに教えたのか」
ウパコーサラは、少しとぼけるように答えました。
「尊い方よ。
誰が、わたしに教えるというのでしょうか」
そして、火たちを指しました。
「これらの火は、ただの火ではないでしょうか」
先生はたずねました。
「友よ。
その火たちは、おまえに何を語ったのか」
ウパコーサラは、火から聞いたことを話しました。
先生は言いました。
「火たちは、おまえに世界について教えた。
しかし、わたしは、さらにこれを語ろう。
このことを知る者には、悪い行いがつかない。
ちょうど、水が蓮の葉につかないように」
ウパコーサラは言いました。
「尊い方よ。
どうか、それをお語りください」

FIFTEENTH KHANDA.
第十五章
先生は言いました。
「目の中に見える人。
それが、自己である。
それは、死なないもの。
恐れのないもの。
それこそが、ブラフマンである」
目に、溶かしたバターや水を落としても、それは両側へ流れていきます。
目の奥の自己には、つきません。
蓮の葉の上の水のように、流れていきます。
先生は、この自己にいくつもの名を与えました。
サミャドヴァーマ。
すべての幸いが、その人のもとへ向かうという名です。
ヴァーマニー。
すべての幸いを導くという名です。
バーマニー。
すべての世界で光り輝くという名です。
このことを知る者は、幸いを集め、幸いを導き、世界で光ります。
そして、その者が死ぬとき、死者の儀式が行われても、行われなくても、
その人は、光へ行きます。
光から、昼へ行きます。
昼から、月の明るい半分へ行きます。
そこから、太陽が北へ向かう六か月へ行きます。
その六か月から、一年へ行きます。
一年から、太陽へ行きます。
太陽から、月へ行きます。
月から、稲妻へ行きます。
そこには、人ではない者がいます。
その者が、知る者をブラフマンへ導きます。
これは、デーヴァたちの道です。
神々の道です。
この道を行く者は、人間の生へ戻りません。
そうです。
戻らないのです。

SIXTEENTH KHANDA.
第十六章
ここから、祭りの話になります。
清めるものは、ヴァーユ、すなわち風です。
風は、動きながら、すべてのものを清めます。
だから、風こそが祭りであると語られます。
祭りには、二つの道があります。
心による道。
言葉による道。
ブラフマン祭司は、心の中で祭りを守ります。
ホートリ祭司、アドヴァリュ祭司、ウドガートリ祭司は、言葉によって祭りを進めます。
ホートリは、リグ・ヴェーダの詩句をとなえる祭司です。
アドヴァリュは、ヤジュル・ヴェーダの作法を進める祭司です。
ウドガートリは、サーマ・ヴェーダの歌を歌う祭司です。
そして、ブラフマン祭司は、沈黙のうちに全体を見守る祭司です。
もし、儀式の途中でブラフマン祭司が沈黙を破って言葉を話してしまうと、祭りは言葉の道だけで進みます。
心の道は傷つきます。
それは、片足で歩く人のようです。
一つの車輪で進む車のようです。
祭りは傷つき、祭る者も傷つきます。
しかし、ブラフマン祭司が沈黙を守るなら、二つの道はどちらも進みます。
心も、言葉も、傷つきません。
それは、二本の足で歩く人のようです。
二つの車輪で進む車のようです。
祭りはよく進み、祭る者もよくなります。
言葉だけでは、足りません。
心だけでも、足りません。
心と言葉がそろうとき、祭りはまっすぐ進むのです。

SEVENTEENTH KHANDA.
第十七章
最後に、傷ついた祭りを直す教えが語られます。
プラジャーパティは、世界について深く思いました。
プラジャーパティとは、生きものを生み出す主のような存在です。
深く思われた世界から、精がしぼり出されました。
大地からは、アグニ、すなわち火が生まれました。
空からは、ヴァーユ、すなわち風が生まれました。
天からは、アーディティヤ、すなわち太陽が生まれました。
プラジャーパティは、この三つの神について、さらに深く思いました。
すると、神々から、また精がしぼり出されました。
火からは、リクの詩句。
風からは、ヤジュスの詩句。
太陽からは、サーマンの詩句。
リクは、神々への讃歌です。
ヤジュスは、祭りの言葉です。
サーマンは、歌われる祈りです。
さらに、三つのヴェーダから、聖なるかけ声がしぼり出されました。
ブーフ。
ブヴァハ。
スヴァハ。
これらは、ヴィヤーフリティと呼ばれる聖なる発声です。
ブーフは大地。
ブヴァハは空。
スヴァハは天。
祭りがリグ・ヴェーダの側から傷ついたなら、ガールハパティヤの火に供えものをそそぎます。
そして、「ブーフ、スヴァーハー」と唱えます。
祭りがヤジュル・ヴェーダの側から傷ついたなら、ダクシナの火に供えものをそそぎます。
そして、「ブヴァハ、スヴァーハー」と唱えます。
祭りがサーマ・ヴェーダの側から傷ついたなら、アーハヴァニーヤの火に供えものをそそぎます。
そして、「スヴァハ、スヴァーハー」と唱えます。
スヴァーハーとは、供えものを火に入れるときの聖なる声です。
ただの意味ではなく、祭りそのものを動かす発声です。
こうして、破れた祭りは、つなぎ直されます。
金を硼砂でつなぐように。
銀を金でつなぐように。
錫を銀でつなぐように。
鉛を錫でつなぐように。
鉄を鉛でつなぐように。
木を鉄で、または革でつなぐように。
世界の精、神々の精、ヴェーダの精が、祭りの破れをいやします。
このことを知るブラフマン祭司がいる祭りは、いやされます。
このことを知るブラフマン祭司がいる祭りは、正しい道へ向かいます。
歌は言います。
「祭りがどこでつまずいても、その人はそこへ行く」
その人とは、ブラフマン祭司です。
また、こうも言われます。
「その人は、牝馬のように、クル族の人々を救う」
つまり、このことを知るブラフマン祭司は、祭りを救います。
祭る者を救います。
ほかの祭司たちをも救います。
だから、このことを知る者を、ブラフマン祭司にしなさい。
知らない者を、ブラフマン祭司にしてはなりません。
そうです。
知らない者を、ブラフマン祭司にしてはならないのです。

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タオ ここまで読んでくださり、ありがとうございます。 古い言葉を、今の人にも届く形で残していきたいと思っています。 応援していただけたら、とても励みになります。