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捜神記 巻六 20 老人の額

捜神記 巻六 20 老人の額
漢の景帝元年九月。
膠東下密の男。
七十余歳。
角が生えた。
しかも毛がある。
京房は言う。
「冢宰が専政するとき、
その妖は、人が角を生ず。」
『五行志』は言う。
「人が角を生ずるべきでない。
それは諸侯が京師に兵を向けるべきでないのと同じだ。」
やがて七国の乱が起きる。
また、晋の武帝泰始五年。
元城の七十の男に角が生えた。
これは、趙王倫の篡乱に応じたものだという。
角は、上に向かう。
人が角を持つとき、
位が刺さる。


解説
これは、
人が自分の位置を越えるときの話です。
昔の人は、
人の体にも、決まった形があると考えていました。
角は、
もともと人にはないものです。
上に向かい、
突き出す力です。
だから、
それが人の頭に生える。
しかも年をとった人に出る。
これは、
ただの異変ではありません。
役割や位置が、
ずれていると見ます。
ここで出てくる考えは、
上と下の関係です。
上に立つ者。
それを支える者。
この順が保たれているとき、
形はそのままです。
でも、
下にある者が、
上の力を持とうとする。
あるいは、
本来の位置を越えて動く。
そのとき、
角という形であらわれます。
別のやり方では、
これを不吉な出来事として終わらせます。
でも、この話は違います。
どこで順が崩れているのかを見る。
誰が上に出ようとしているのかを見る。
そこに目を向けます。
ここでは、
「冢宰が専政する」と言います。
本来は支える側が、
自分で決める側になる。
つまり、
位置が入れ替わっている。
だから、
人に角が生える。
なぜそれが大事なのでしょうか。
上に向かう力が、
増えすぎるからです。
一つにまとまるはずの力が、
別のところから突き上がる。
その結果、
争いが起きます。
ここで少しだけ、時代を見ます。
このあと実際に、
呉楚七国の乱 が起き、
諸侯が都に向かって兵を動かします。
また、後の時代でも、
力を持った者が上に立とうとして、
争いが起きています。
こうした流れを見ると、
上に向かう動きが先にあり、
あとで大きな乱れとして現れる、
という形が見えてきます。
この話が伝えているのは、
こういうことです。
人が本来の位置を越えるとき、
その奥では、すでに順が崩れている。
そしてその動きは、
やがて大きな争いとして現れる。
上へ向かう力が見えたとき、
それはすでに止まらない流れなのかもしれません。


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タオ ここまで読んでくださり、ありがとうございます。 古い言葉を、今の人にも届く形で残していきたいと思っています。 応援していただけたら、とても励みになります。