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NENEのビーフの件;文化云々とシーンを小難しくすることに関する違和感と、Disられた側に感じる唯一の改善点


ネネとちゃんみな、HANAらのビーフの件についてですが、噂を聞いた第一印象は、これは懐かしのZeebraとKJのようなビーフなんだろうな、でした。いわゆるスタイルの模倣というか一目瞭然のパクり、という手のものです。Summer tribeで KJ がZeebraのフローをパクったと言われたことを覚えてる方も多いかと思います。で、思い立ってまずは25年ぶり(!!)に問題の一曲を聞き直してみました。確かにKJのライミングのスタイル、ダミ声のオンビートで抜き差しする感じがちょっとZeebraぽいかな、とは思います。ジェネリックジブラみたいなね。でも、今の間口が広くなってプレーヤーの数もメッチャ増えてるヒップホップの耳で聞くと、なんかこう全部真似てるって感じもしなくて、語り口はKJっぽいしリリックもドラゴンアッシュ。名ざしで公開処刑するレベルではないかなと。しかし、ヒップホップの選択肢が少なかった時代には、狭いパイの中で結結構似せてる、未開拓の余白が多く残ってるはずの時代においては、ちょっと寄せすぎじゃない、ってのは感じるところで、これまでのコラボ歴含めて、ジブさんが築き上げたスキルにフリーライドしてるよ、って解釈は可能かも、です。ので、今あれが起こってたら、そこまで大事にはならないかなという気もしつつ、NENEの件は、まずはジブラと KJ のケースなんだろうな、って想像しました。そして、これだけ芸の幅が広がった2025年に、名指しでDisるほどスタイルが似ることってあるのかしら、とも思いました(この時点でまだちゃんみなさんらの音源聞いてない→はよきけ)。

そして、ネット上で、このビーフの意味を理解するときに、ヒップホップの黒人音楽としての成り立ちを考えよう、という論説を多く見ますが、個人的にはかなり違和感あります。日本語ラップの大御所の皆様は高学歴だったり実家が太かったり、というのは周知の事実で、すでに背景がヒップホップの源流から距離があります。一方、すごく大事なこととして、当時の彼らは本家のヒップホップだったり、文化に対するリスペクトをしっかり持ってて、その上でラップしてますよ、道の先を作らせてもらってますよ、という態度をヘッズに対してちゃんと示していて、ヘッズは正しく教育され、ヒップホップってこういうもんなんだ、という肌感覚をもつ土壌を作ってくださってたと思ってます。この流れが、日本語ラップにおいても、ヒップホップ文化にコミットしましょう、という意識が根付く主因になってると理解していています。でもそれは、オールドスクールから全部聞ききましょう、という類のアカデミックなものではなくて、巨人の肩に乗っかってることに自覚的でありましょう、というやわらかい文化的なものであったと感じてます。

私はヘッズの端くれであることを自負しており、ヒップホップのCDで500枚くらいもってますけど、棚はAnticonとかAPCとか、ガラパゴス4とか、カウンターフローとか。ど真ん中でもDITCとかロウカス、J5、ATCQとか、お分かりの通りサグっぽいのとか、どメジャーなオーバーグラウンドを回避したリスナーかつベッドルームDJとして暮らしておりました。そして自分を、ヒップホップヘッズであると自信をもって断言します。ネットの論説でマストといわれる盤とか映画とか未視聴だったりするにもかかわらず、です。そして、なんやかんや、ヒップホップ好きな方とは必ず話が盛り上がります。ヘッズ同士、愛は嗜好の偏りを超えるのです。

さて、ここにきて、やっとDisられ側の音源を聞きました。ちゃんみなとHANAの音源を数曲サッと。そして感じたのが、これは、ヒップホップというか、USヒップホップの要素を取り込んだK-POPのフォロワーとしての音楽なんだろうな、でした。スタイルの相似性も強くは感じなくて、確かに、パッときいただけではNENEがなんでビーフしかけたのかちょっと謎かもですね。というかNENEのラップ本当に高度なので、マネするの難しいですよ。ルックスなど寄せてる部分もあるかもしれませんが、優れたオリジナルなスタイルはフォローされるものですし、それが蓄積されてヒップホップの定石になっていく様子もあるわけです。むしろ、NENEが作曲なり作詞だったり、コンセプトの創出に関わっているのだがクレジットされていないとか、以前はそれでOKだったが関係性が悪化したとか、ビジネスの部分でもめてるような気がしてなりません。ちゃんみなさんたちの音楽については、私自身は独自に進化したK-POPの良さをDJ Quietstormに調教されておるため、これはこれでアリかな、というように感じました。プレイリストには入らないけど。これもHiphopの多様性の極北の一つ、と考えても宜しいのでは、と思ったりします。

結論として、NENEのビーフの一件は、ちょっと筋がよく分かりにくいが、ちゃんみな側にアーティスティックな非が明確にあるわけではないのかなーとは思いました。おそらく主因はちょっと別のところにあるのかなと。また、NENEがいつかのギネスのようなポジションを取られている、とも決して思いません。てかやっぱラップうまいよね。オワリ、100回聞きました。

最後に、一点だけちゃんみな側に非があるとすると、彼女のファンと思わしき方が、ビーフという文化は今の時代に合わないのでやめたほうがよい、と発言されていたのを目にしましたが、これはヒップホップの文化的な側面(アカデミックではないので、別にしっかり勉強する必要はない。肌感覚で十分)を、じわじわと伝えるという、日本語ラップの中でのマナーを踏襲してなくって、その点については改善の余地があったりするのかなーと思いました、です。以上!


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