彩女学院 ── 第一話「色の部屋」
1つ前のお話
新学期の朝は、いつもより少しだけ空気が澄んでいる。
寮の玄関ホール、その大きな掲示板の前に、色とりどりの少女たちが群がっていた。
貼り出されたばかりの紙には、新しい部屋割りが並んでいる。一年に一度、この学園でいちばん騒がしい朝だ。
「うわ、見て見て! あたし、101号室だって!」
まっ先に声をあげたのは、赤を持つルベリアだった。高い位置で結んだポニーテールが、窓から差す朝日を弾いて、燃えるように揺れる。
「……朝から、よくそんな声が出るわね」
呆れたように呟いたのは、青緑のミンティア。さらりとした黒髪ボブの下で、涼しげな瞳が紙の一点を見つめ──そのまま、すっと固まった。
「ちょっと待って。101号室、わたしなんだけど」
「えっ。じゃあ同室じゃん! やった、よろしくな!」
ばしん、と背中を叩かれて、ミンティアは小さく咳き込んだ。赤と青緑。色相環で、ちょうど真向かいの色。これから始まる一年を思って、彼女はそっと額に手を当てた。
少し離れた場所では、
「きゃー! 見て、わたしマジェリアと真ん前の部屋!」
黄緑のリモーネが飛び跳ね、
「当然でしょ。主役ふたりが並ばないとね」
赤紫のマジェリアが、髪をかきあげて余裕の笑み。
その後ろでは、ピンクのロゼリアが早くも瞳をうるませていた。
「ヴェルデリアちゃんと、一緒……うれしくて、なんか、涙が……」
「まだ何も始まってないよ」
緑のヴェルデリアが、おっとり笑って、その頭をぽんと撫でる。
掲示板の端、人だかりから一歩引いた場所で、黒のノワレアは肩に乗せた猫の喉を撫でながら、紙を一瞥しただけで踵を返した。彼女の部屋は、白と灰との三人部屋。何も言わず、ただ静かに歩き去っていく。
賑やかな色も、静かな色も、それぞれの足取りで、自分の部屋へ向かっていく。新しい一年が、いま始まろうとしていた。
101号室
扉を開けた瞬間、ルベリアは荷物を放り出して窓に駆け寄った。
「うわー、ここ眺めいいな! グラウンド丸見えじゃん!」

鞄が床に転がり、応援用の旗がベッドの上に投げ出され、靴が片方、ぽーんと隅に飛んでいく。たった一分で、半分のスペースが赤い嵐に呑まれた。
「……ねえ」
その背中に、冷ややかな声がかかる。振り返ると、ミンティアが自分の荷物を、ひとつ残らずきっちりと整えて並べているところだった。机の上は定規で測ったように真っ直ぐ。色のちがいが、もう部屋の床の上にくっきり出ている。
「散らかすのは、そっちの半分だけにして」
「えっ、あ、ごめん」
「あと、その旗。毎日それ振るの?」
「もちろん! 朝の応援は欠かせないからな!」
ミンティアは、無言で窓を少し開けた。爽やかな風が、赤い嵐をほんの少しだけ冷ましていく。
──正直、気が合うとは思えない。けれど、こうも正反対だと、いっそ清々しい。そう思っている自分に気づいて、彼女は小さく息をついた。
たぶん、この一年は、騒がしくて、悪くない。
102号室
その部屋は、ひどく静かだった。
橙のオランジェリアは、扉のそばで荷物を抱えたまま、もじもじしていた。同室の相手は、もう先に来ていて、窓辺で本を読んでいる。淡い青銀の髪、丸メガネ、月のしおり。青を持つ子──ブルメリアだ。
「あ、あの……今日から、よろしく」
ぺこりと頭を下げると、ブルメリアは本から顔を上げ、こくりと小さく頷いた。
「……うん。よろしく」
それきり、会話は途切れた。
オランジェリアは、おそるおそる荷物を解きながら、ちらりと相手の手元を見る。読んでいるのは、植物図鑑だった。それも、彼女がずっと探していた、絶版の。
「あの、それ……っ」
思わず声が出て、はっと口を押さえる。けれどブルメリアは、嫌な顔ひとつせず、本を少しだけこちらに傾けてくれた。
「……好き?」
「だ、大好き……!」
ふたりは、どちらからともなく、本をのぞき込む格好になった。橙と青──向かい合う色のはずなのに、同じページの上で、その距離は、ふっと近くなる。窓の外の光が、二色をやわらかく照らしていた。
言葉は少ないまま、それでも、この部屋の空気が、いちばん早くなじんだ。
夜。
消灯前の寮は、ひとつ、またひとつと窓の灯りを落としていく。102号室の小さな机で、ブルメリアはノートを広げ、ガラスペンを手に取った。インクの色は、もちろん青。
今日見た色たちを、忘れないうちに書きとめておこう。
最初の一人は──やっぱり、あの子にしよう。
朝いちばんに、あんなに大きな声で笑っていた、赤い子のことを。
── 彩図鑑 ──
ルベリア(赤)
太陽より熱い、学園の炎みたいな子。
声が大きくて、まっすぐで、困っている子を放っておけない。
同室のミンティアとは、たぶん毎日ぶつかる。
でも、ぶつかれるって、きっと悪いことじゃない。
・好きなもの:夕焼け、応援、辛いもの
・苦手なもの:じっとしていること
・ひとこと:たぶん、いちばん早く誰かを助けに走る子。

ブルメリアは、そっとペンを置いた。
ページをめくれば、まだ何も書かれていない白がつづいている。
明日も、誰かが笑って、誰かがぶつかって、誰かと誰かが、すこしずつ近づいていく。
そのぜんぶを、ここに書いていこう。
この学園には、まだ十六色ぶんの物語が、待っているのだから。
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