「なぜ私だけが、この泥舟に残り続けているのか」― 誰もいなくなったオフィスで、私が直面した”見えない消耗”の正体
「あ、またか……」
昨日、隣の席にいたはずの同僚のデスクが、すっかり綺麗に片付いている。 チャットツールには「本日で最終出社となります。お世話になりました!」という、定型文のような、それでいて清々しさの透けて見える挨拶が流れていきました。
ここ数年、私の職場ではそんな光景が日常茶。かつての戦友たちは、ひとり、またひとりと「新しい挑戦」という名の方舟に乗って去っていきました。
気づけば、私は社内で数少ない”古株”になっていました。 周囲からは「物知りなベテラン」「会社を支える柱」なんて言われますが、胸の中にあるのは誇らしさではありません。
「みんな辞めていくのに、ここに残っている自分はどこかおかしいんじゃないだろうか?」
そんな、泥舟に取り残されたような得体の知れない不安でした。
1. 私は「透明な人間」になっていた
長く残っていると、会社からの扱いは少しずつ変わっていきます。 勤続年数の節目には、ちょっとした記念品や社内ニュースレターでの紹介があるかもしれません。でも、それだけです。
新入社員が入ってくれば皆で歓迎し、誰かが辞めると言えば引き止めたり送別会を開いたりして大騒ぎする。なのに、当たり前にそこにいて、当たり前に仕事を回している私の存在は、いつの間にか背景の壁紙のように「透明化」していました。
イギリスのレディング大学、ベンジャミン・レイカー教授はこの状態を、長期勤務者が抱く「忠誠心の不可視化」と呼んでいます。 会社のために尽くすことが「デフォルト(初期設定)」だと思われ、感謝の対象ですらなくなる。この「透明化」は、じわじわと心の体力を削っていきます。
私はいつしか、周囲が期待する「文句も言わずに淡々と仕事をこなすベテラン」を演じるようになっていました。心理学者ドナルド・ウィニコットが言うところの「偽りの自己」です。 本当は「もう疲れた」「この体制はおかしい」と叫びたいのに、仮面を張り付かせ、自分の本心を心の奥底に封じ込めていたのです。
2. 繰り返される「さよなら」という、見えない労働
同僚が辞めていく。それは単に「業務の引き継ぎが発生する」という事務的な問題だけではありません。 そこには「曖昧な喪失(Ambiguous Loss)」という、もっと残酷な心理的負担が隠れていました。
仲の良かった同僚が去るたびに、築き上げてきた信頼関係は断片化され、居心地の良かった職場の空気は変質していきます。 そのたびに私は、新しい人間関係をゼロから作り直し、新しいルールに適応し直さなければなりません。
「また一から説明しなきゃいけないのか」 「あの阿吽の呼吸で進められた日々はもう戻らないのか」
これは、履歴書には書けない、給与明細にも載らない「感情の労働」です。 仲間を失い続ける孤独感と、「自分だけがこの場所の記憶を背負っている」という重圧。 長く残る人の心は、こうした知られざる消耗戦によって、少しずつ、でも確実に削り取られていくのです。
3. 「かつての正義」が通用しない違和感
さらに追い打ちをかけるのが、職場の変化です。 新しいツールの導入、方針の転換、自分よりずっと若いリーダーの登場。 組織が「新しく」なればなるほど、かつてのやり方を知っている私は、まるで「過去の遺物」になったような感覚に陥ります。
「昔はこうだった」と言えば老害だと思われ、かといって新しい波に完全に乗るには、積み上げてきた自負が邪魔をする。
これはいわゆる「サバイバー症候群」に近い状態です。 リストラで生き残った人が抱く罪悪感と同じように、「なぜ自分だけがここに残っているのか」という自責の念が、自己肯定感を蝕んでいきます。
文化が変わっていく中で、自分だけが置き去りにされているような、あるいは、自分だけが不器用に古い看板を守り続けているような……。その違和感は、次第に「ここにいる自分の価値」を見失わせていきました。
4. 「惰性」を「意志」に変えるために
そんな絶望の淵にいた私を救ってくれたのは、レイカー教授の、ある厳しいアドバイスでした。
「あなたが会社に長くとどまっているなら、それは決断の欠如であってはいけない」
私はハッとしました。 私が苦しかったのは、今の場所に不満があるからだけではなく、「ただ流されている自分」が嫌いだったからです。 「今さら他へ行く勇気がないから」「とりあえず給料が出るから」という受動的な理由で残っていたから、透明化していく自分を許せなかったのです。
そこで私は、自分の役割を「再定義」することにしました。 心理学者ミハイ・チクセントミハイが説く「フロー(没頭)」の状態を、もう一度職場で作り出すために。
「ただの古株」ではなく「若手の伴走者」になる: 教育を「押し付けられた仕事」ではなく、自分の知見を次世代に繋ぐプロジェクトだと捉え直しました。
「昔のやり方」を「今のスパイス」にする: 過去の失敗や成功体験を、新しいシステムと組み合わせる提案を自分から仕掛けてみました。
大切なのは、「自分の持ち札をどう使うか」を自分で決めることでした。
おわりに:残るも、去るも、あなたの「決断」であれ
もし今、あなたが「周りが辞めていく中で取り残されている自分」に不安を感じているなら、これだけは伝えておきたい。
長くそこに留まり、変化の荒波に耐え、組織の記憶を繋ぎ止めているあなたは、決して「おかしい」わけではありません。あなたは、誰にも見えない場所で、誰よりも激しい消耗戦を戦い抜いてきた勇者です。
でも、もしその場所が、あなたの心を摩耗させるだけの場所になっているのなら。 「残ること」が、ただの「決断の欠如」になっているのなら。
「離れること」もまた、一つの誠実な選択です。
長くいたからこそ見える景色がある。 その景色を大切に抱えたまま、新しい場所へ行くもよし。 その景色を塗り替えるために、もう一度その場所に腰を据えるもよし。
どちらを選んでも、それはあなたの人生における「誇りある決断」です。
「なぜ私は、ここにいるのか?」
その問いに、自分なりの答えを持てたとき。 あなたの心にかかっていた霧は、少しだけ晴れていくはずです。
もしこの記事が、あなたの心に少しでも触れたなら、「スキ」やコメントで教えてください。あなたの「決断」を、私は応援しています。


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