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箸墓古墳は宇佐神宮

私は今、古代史の謎解きにはまっています。奈良県で生まれ今も奈良に住む者なので、自転車があれば古代史の舞台を巡れる環境にあるのはとても幸運だったなと思います。

2023年、YOUTUBEで宇佐神宮は卑弥呼の墓説という内容の動画を見ました。
おそらく、井沢元彦さんの「逆説の日本史」という本が出どころと思われ、その本には大国主は怨霊となったために出雲大社に大和側が閉じ込めたとか宇佐八幡神託事件で伊勢神宮ではなく宇佐神宮に神託を求めたのは宇佐こそ皇祖神が祀られている場所だからだというような内容が書いてあったなと、かなり昔に読んだ記憶が私の中で蘇ってきました。
その本の主張は納得できる部分も多かったことは確かですが、私の中でもやもやしたものがずっと残っていた主張も含まれるものでした。
そこで、たまたま見た動画をきっかけにして自分でも調べてみようというのが始まりでした。

宇佐神宮こそが卑弥呼の墓である理由として
・御祭神三柱のうち、二之御殿に祀られる比売大神が卑弥呼だ
・主神である八幡大神の一之御殿より二之御殿の方が大きく、中央に位置している。
・二拝四拍手の特殊な作法
・上記した宇佐八幡神託事件
・魏志倭人伝にある卑弥呼の墓の径100歩(140m)が宇佐神宮のある亀山と一致し、石棺が見つかっている
などが挙げられています。

国土地理院の標高図って知ってますか。
ネット上で地図の中心地点をGPSで計測した標高を表示する便利な地図です。
その標高図で宇佐神宮を調べてみると、見るからに自然地形と思われました。
作られた墓ではないようです。
しかし、ちょっと気になることが・・・

宇佐の亀山は南北方向に150m程度、東西方向に300m弱の楕円形をしています。
??このサイズ感?箸墓古墳と同じじゃない?

ぴったり一致!
標高図なので、高さが調べられます。
まずは宇佐神宮

まさに二之御殿の位置の標高38.8mが最も高い場所です。

周辺は9.5mで標高差約29m
一方、箸墓古墳

後円部ど真ん中よりやや東寄りの102.9mが最も標高の高い地点

周辺は73.8mで標高差約29mで宇佐神宮とほぼ一致!
位置的にも東よりの似たような場所が最高地点となっています。
同じように前方部にあたる部分も宇佐が17m、箸墓が16mとあまり差がありませんでした。
ついでに池の場所も一致してます。
長さと幅だけでなく高さも一致していることが、偶然でしょうか?
私は偶然ではなく、宇佐の亀山を大和にわざわざ再現したものと考えます。
つまり、3世紀後半とされる箸墓古墳築造時には宇佐が大和の勢力圏に入っていたと言えるのではないでしょうか。

これだけでは箸墓古墳が卑弥呼の墓だと言い切れないですが、箸墓古墳も畿内説では有力な卑弥呼の墓候補地であり、候補地同士が偶然とは言えない一致をしているのは事実です。
他の視点を組み合わせた総合的な評価が必要ですが、プロフィールに少し書いているとおり、私が邪馬台国は唐古鍵遺跡を中心とする地域と考える他の視点については、また記事にしていきたいと思います。


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