本を買うお金は惜しまない
2023年3月4日(土)朝の6:00になりました。
今日から1泊2日の旅に出ます。旅に出ても朝の6:00はやってきます。
どうも、高倉大希です。
ページをめくっている途中で「おもしろくない」と思ったら、多くの人はそこでパタリと本を閉じてしまいます。
かつてのように、本そのものに物質的価値が存在していたとしたら「せっかく買ったのだから最後まで読もう」という心理が働いたかもしれません。
ところが時代が進むにつれて、印刷技術やインターネットが発達し、本そのものの物質的価値はみるみるうちに低下していきました。
その分、手軽に様々な本を手に入れられるようになったのも事実ですが、一方で、読むことをやめる勇気も必要ではなくなりました。
ところで読書は、最近、昔ほど重視されていないようだ。ラジオ、とくにテレビは、かつて活字が果たしていた機能を肩代わりしようとしている。テレビのニュースは目に訴えるし、仕事をしながらでも聞けて便利である。
言い換えるならば、書き手は、何とかして読み手を引き止めなければならなくなったということです。
どれだけ後半に重要なことを書いていたとしても、前半で「おもしろくない」と判断されてしまったら、その先を読んでもらうことができません。
だからこそ「書き出し」は非常に重要です。
「書き出し」で決まると言っても過言ではありません。
もっとも伝えたいことを、結論に配置する。
その純度をできるだけ落とさないように、本論で説得を試みる。
そして、最後まで読者を誘えるよう、序論に工夫を凝らす。
読むときは前からですが、書くときは後ろからです。
つまり、コミュニケーションとは、言うならば、自分が頭の中に抱いている<抽象的>な広義の思考内容のコピーを相手の頭の中にも創り出す行為であると言える。
スクロールしている途中で「おもしろくない」と思ったら、多くの人はそこでスワイプしてページを閉じてしまいます。
かつてのように、ページの読み込みに時間がかかっていたとしたら「せっかく開いたのだから最後まで読もう」という心理が働いたかもしれません。
ところが時代が進むにつれて、通信技術やデバイスが発達し、Webページそのものの希少価値はみるみるうちに低下していきました。
その分、手軽に様々な書き手の文章を読めるようになったのも事実ですが、一方で、読むことをやめる勇気も必要ではなくなりました。
言い換えるならば、書き手は、何とかして読み手を引き止めなければならなくなったということです。
いまこの文章を読んでいるということは、あなたを無事に最後まで引き止めることができたというわけです。
おとなしく降参して、フォローをしてから帰りましょう。
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— 高倉大希|インク (@firesign_ink) January 1, 2023
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