羽田可動橋【4月16日 今日は何の日】(大森東特別出張所・羽田特別出張所) #299
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羽田可動橋 建設の経緯
羽田トンネル手前の合流部が短く、
その直後に見通しの悪いカーブ
(羽田トンネル入り口)
が続いていたため、
事故の危険性が
比較的高い区間であった。
このため、
1990年に上り線の空港入口
(1993年以降空港西入口)から
トンネル出口付近にかけて、
空港入口から入った車が
羽田トンネルを使用しないで済む
迂回路が必要となり、
「羽田可動橋」が建設された。

羽田可動橋の概要
供用:1990年4月16日〜1998年4月(使用停止)
所在地: 東京都大田区海老取川(海老取運河)
大森南5丁目~羽田空港1丁目
種別:首都高速道路羽田線
形式:旋回式可動橋(スイングブリッジ)
特徴:日本最長の旋回橋

羽田可動橋
可動部の姿
旋回可能な可動橋として建設された理由
海老取川を航行する
大型船の航路を確保する
必要があったため、
橋梁は可動式(旋回橋)
として建設された。
空港至近で
高さ制限が厳しく、
また周辺には
既存の羽田トンネルや
東京モノレールのトンネルが
密集していたため、
高架橋や新たな水底トンネルの建設が
困難だったことも背景にある。
使用状況と停止
1994年(平成6年)
首都高速道路
湾岸線の開通により
羽田線の交通量は大きく低下した。
その結果、
羽田可動橋は
1998年(平成10年)4月を最後に
使用停止となった。
供用期間の短さと
実働の少なさから、
都市インフラとしては
極めて珍しい存在となっている。
2022年 (令和4年) 2月
可動停止から24年後の
2022年(令和4年)2月、
首都高速道路株式会社は
技術検討委員会において
以下を公表した。
羽田トンネルは、
建設から50年以上が経過し、
内部腐食や構造劣化が
深刻化しており、
トンネルを一時通行止めにして
全面改修する必要がある。
その間、
羽田可動橋を改修し、
上り線の迂回路として
再活用する案を検討。
羽田トンネル:下り線専用
羽田可動橋:上り線本線として再利用
という新たな交通体系を構想。
2025年 (令和7年)
首都高速道路羽田線
羽田トンネル更新事業は
2025年 (令和7年) に
都市計画事業認可を取得し、
事業費755億円
完成は2038年を予定とされた。
羽田可動橋は動くのか?
この計画によって
短期間で使われなくなった
「羽田不可動橋」から
「羽田可動橋」に戻るのか——
その動向に注目が集まっている。
最後に
Otapediaは
羽田可動橋を
「大田区無名の風景」と
「大田区未顕彰の地域遺産」
として
開通した
4月16日を
「大田区記憶の日」
として登録します。
大田区の記憶を呼び起こす
「Otapedia」の活動
私たちは
その“名を失いかけたものたち”に、
もう一度まなざしを向け、
記憶の岸辺に呼び戻す営みです。
たとえ彼らの活動や
痕跡は消えても、
地域に遺した軌跡を
未来へと伝えていきます。
これらの呼称は
「Otapedia独自の呼称」であり
「大田区公式の認定ではありません」。

出典
1. Wikipedia『羽田可動橋』
2.『日経クロステック』
写真(ヘッダー)
3.『Webおおた写真館』羽田可動橋 開通式
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