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大田区内初めての電車【2月1日 今日は何の日】(大田区) #226

※本記事は
 Otapedia 公式note(https://note.com/fine_rat5784)のみで
 公開しています。
 無断転載・改変・商用利用を禁じます。
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1901年 (明治34年) 2月1日

関東初の電車が大田区を走る

六郷橋 (当時) 駅~
八幡駅 (現大森海岸駅) を経て
大森停車場前駅 (現大森駅) 間が
開通した。

川崎大師への参詣を目的に開業した
大師電気鉄道
京浜電気鉄道へと改称し
関東初の電車が運行されました。

旧大森支線の歴史を記した
案内板
(イトーヨーカ堂大森店)

開通時の路線の様子

六郷橋は木造で
東海道 (現国道15号) を
一部併用軌道
運行されていた。

現在とは異なり
大森駅が終点となっていました。


1901年 (明治34年) 8月24日 

大田区に初めて電気が灯る。
発電所の余剰電力を利用して
沿線に電力の供給を開始。

これが、
大田区における初の電力供給
となりました。

鉄道会社が
地域インフラを支えた、
象徴的な出来事です。


1902年 (明治35年) 6月28日

穴守線 (現空港線) が開業
穴守稲荷の賑わいを背景に、
参詣客輸送のために開業。

この開業により
現在の大田区内における
京急路線網の原型が完成します。


1904年 (明治37年) 5月8日

京急本線の延長
八幡 (現大森海岸駅) ~
品川 (現北品川駅) 間
が開通した。

これにより
八幡 (現大森海岸駅) ~
大森停車場前駅 (現大森駅) 間

大森支線となった。

旧大森停車場前付近
JR側より望む
中央のビルは
昔白木屋 大森分店だった
下の地図の左下のカーブ外側より
旧大森停車場前駅付近の
現在の道路形状は
かつて大森支線が
ループ式で折り返していた
歴史的な遺構です

1900年 (明治33年) 7月

東京方面への延伸を
構想していたため
六郷架橋組合
が架橋した
第3期六郷橋 (有料橋) を買収。

六郷橋上は
併用軌道で運行されました。

第3期六郷橋 当時の親柱
(六郷架橋組合)
六郷神社に現存

1903年 (明治38年) 8月

六郷橋は
無料で渡れるようになりました。


1906年 (明治39年) 12月14日

京浜電気鉄道
買収した六郷橋を
政府に献納しました。


明治時代に存在していた
京浜急行の大田区内の駅

出村駅 (京急本線)

空襲により不要駅となる
住民による復活運動が行われるも
1949年 (昭和24年) 6月1日
廃駅となる。

大森町駅 (京急本線)

出村駅と同様の理由で
廃止となったが、
1952年 (昭和27年) 12月15日
再開業となった。

その他
本線においても
公式記録に残らない
駅が存在していたようだ。

穴守線に関しては
複雑な経緯があるため
対象としなかった。

出村通り 共栄会
商店街側から
旧出村駅を望む

最後に

Otapediaは、
大田区に
初めて電気を供給した
京浜電気鉄道を
「大田区無名の企業」
として
京浜電気鉄道が開通した
2月1日を
「大田区記憶の日」
として登録します。

大田区の記憶を呼び起こす
「Otapedia」の活動
私たちは
その“名を失いかけたものたち”に、
もう一度まなざしを向け、
記憶の岸辺に呼び戻す営みです。

彼らの活動や
痕跡は消えても、
地域に遺した軌跡
未来へと伝えていきます。

これらの呼称は
Otapedia独自の呼称」であり
大田区公式の認定ではありません」。

出典
 京浜急行
 Bing マップ

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