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矢口信用購買組合【3月20日 今日は何の日】(矢口特別出張所) #272

※本記事は
 Otapedia公式note(https://note.com/fine_rat5784)のみで
 公開しています。
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矢口村初の金融機関

郵便局すらなく 
金融手続きのためには 
半日かかりで 
他町へ通わなければいけなかった 
当時の矢口村。
 
そんな地域に
1920年 (大正9年) 3月20日 
金融機関が創立された。

代表を務めたのは、
第三代矢口村村長を務めた
瓜生謹之輔氏でした。

1922年 (大正11年) 11月 
営業を開始した。


銀行と信用金庫の違い

銀行
全国を対象に
お金を扱う
金融機関であるのに対し、
信用金庫
地域の人たちのお金を
地域の中で回す
金融機関である。


産業組合奨励五ヵ年計画

1918年 (大正7年)
政府が掲げた計画を
初年度として
運動を展開することとなった。

計画発足時に 
119だった組合を 
300まで増やすという 
目標が掲げられ、 
全国的な設立運動が
展開される。

そんな流れの中で
矢口信用購買組合
誕生した。


1922年 (大正11年) 11月

矢口村
初の金融拠点として
事業を開始。

この一歩が、
地域の経済活動を
大きく動かす契機となった。


大田区内の信用組合(城南信用金庫関係)

入新井信用組合 19020705 加納久宜氏
大森町信用組合 19110912 田中彦次郎氏他
六郷信用組合 代田朝義氏
池上信用組合 小原厚氏(池上町長)
蒲田信用組合 吉岡縫之助氏
羽田信用組合 村石亦作氏
馬込信用組合 河原源一氏他


他区の信用組合(城南信用金庫関係)

大崎信用組合 立石知満氏 小原鐵五郎氏  
碑衾信用組合 
品川信用組合 
荏原信用組合 
大井信用組合 
駒沢信用組合 
砧信用組合 


大合併と金融基盤の形成

1945年 (昭和20年) 8月10日 

城南地域にあった
15の市街地信用組合が合併し

城南信用組合」
設立されました。

初代理事長には、
後に2代目大田区長となる
代田朝義氏が就任した。

この組織が現在の
城南信用金庫」
の源流となる。


信用金庫界での存在感

2001年 (平成13年) 
京都中央信用金庫
誕生するまで
全国の信用金庫
預金量・貸出金量ともに
1位を継続し続けました。

その盤石な基礎は、
まさに
この大正時代の一歩から
始まっています。

環状八号線沿いに建つ
城南信用金庫 矢口支店

最後に

現在、私たちが
当たり前のように
利用しているインフラは、
地域の有力者たちが
私財や情熱を投じて
築いたものでした。

Otapediaは
矢口信用購買組合(信用金庫)を
「大田区無名の企業」
設立された
3月20日を
「大田区記憶の日」
として登録します。

大田区の記憶を呼び起こす
「Otapedia」の活動
私たちは
その“名を失いかけたものたち”に、
もう一度まなざしを向け、
記憶の岸辺に呼び戻す
営みです。

彼らの活動や
痕跡は消えても、
地域に遺した軌跡
未来へと伝えていきます。

これらの呼称は
Otapedia独自の呼称」であり
大田区公式の認定ではありません」。


出典
 1.『矢口町誌』矢口町役場 昭和7年9月28日 発行
 2. Wikipedia 『城南信用金庫』
 3.『城南信用金庫史』 
 4. 城南信用金庫の経営研究⑵ 『明治学院大学経済学部』
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