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朝ドラ『ブラッサム』(馬込特別出張所) #413

※本記事は
 Otapedia 公式note(https://note.com/fine_rat5784)のみで
 公開しています。
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※史料に基づき記述していますが、
 必要に応じて
 考察が入る場合があります。


宇野千代(モダンガール)

1897年 (明治30年) 11月28日
~1996年 (平成8年) 6月10日
山口県出身の小説家・随筆家で、
実家は「宇野酒造」。


懸賞への応募

1921年 (大正10年) 
当時銀行員の夫人だった藤村千代
時事新報の懸賞に
短編小説「脂粉の顔」
1等に入選し、
賞金200円を得ました。

「文章がこんなに金になるのか」と驚き、
「なんて儲かるんだ、これは書かなきゃいけない!」
とこれを機に
執筆活動へ専念するようになりました。

なおその時の2等は、
後に恋に落ち結婚する
大逆事件を扱った
尾﨑士郎の「獄中より」でした。


西洋料理店「燕楽軒」でアルバイト

千代が務めていた
東京大学近くの
西洋料理店「燕楽軒」
(質草が貯まるまでのわずか18日の勤務)
の常連客だった
「中央公論」編集長・滝田袴陰に
「墓を發(あば)く」を送りましたが
音沙汰がありませんでした。
しかし、
1922年 (大正11年) 
「中央公論」5月号に
「墓を發(あば)く」掲載されました。


大金を手にする

1922年 (大正11年) 4月12日
「墓を發(あば)く」掲載料として
366円という大金を手にし、
翌13日
故郷山口に戻り
原稿料の一部を
継母や祖母に手渡しました。


運命の出会い

故郷山口から北海道に戻る途中の
1922年 (大正11年) 4月14日
千代は、
中央公論社に立ち寄り
室伏高信に
尾﨑士郎を紹介され恋に落ち
札幌にいる夫
藤村忠の元には戻りませんでした。


大森・馬込での暮らし

しばらく大森で
引っ越しを繰り返し、
1923年 (大正12年) 
馬込村中井1578番地
(現・大田区南馬込四丁目28番)
にあった農家の藁葺納屋を買い取り
改造した住まいは
「残雪の間」と呼ばれ、
多くの文化人が集う
交流の場となりました。

写真:千代と士郎の説明板が仲良く並んでいる
撮影:かえる11号

離婚と再婚

1924年 (大正13年) 4月
夫・藤村忠との協議離婚が成立し、
1926年 (大正15年)
尾﨑士郎と3度目の結婚をしました。


麻雀との出会い

1926年 (大正15年) 
廣津和郎氏から麻雀を教わりました。
以後麻雀は、
生涯を通じて
最も好きな遊びとなりました。


士郎との別れ

1928年 (昭和3年) 
梶井基次郎氏との関係が
噂となり尾﨑士郎と別居しました。

1930年 (昭和5年) には
東郷青児氏と知り合い
その日から同棲を始め、
尾﨑士郎とは正式に離婚しました。


モダンガール

1929年 (昭和4年) には
断髪式を行い、
1936年 (昭和11年) 6月には、
日本初のファッション雑誌
「スタイル」
北原武夫氏とともに創刊。

新しい時代の流行を
積極的に取り入れ、
その生き方とともに
「モダンガール(モガ)」
を代表する存在の一人として
知られるようになりました。


結婚歴

1911年 (明治44年) 従兄・藤村亮一
1919年 (大正8年) 藤村亮一の弟・藤村忠
1926年 (大正15年) 尾﨑士郎
1939年 (昭和14年) 北原武夫


主な受賞歴

1957年 (昭和32年) 第10回 野間文芸賞
1970年 (昭和45年) 第10回 女流文学賞
1972年 (昭和47年) 第28回 日本芸術院賞
1974年 (昭和49年) 勲三等瑞宝章
1982年 (昭和57年) 第30回 菊池寛賞
1990年 (平成2年) 文化功労賞
1996年 (平成8年) 勲二等瑞宝章(没後)


朝ドラ ブラッサム(主な配役)

【宇野千代】葉野珠(石橋静河)
【宇野千代】葉野珠‐晩年(加賀まりこ)
【尾﨑士郎】西尾一路(染谷将太)
【佐伯リュウ】継母 葉野リョウ(国仲涼子)
【燕楽軒】悠樂軒
【滝田袴陰・中央公論社】雑誌「首都公論」編集長 黒崎大三郎(遠藤憲一)
【藤江淳子・千代の秘書】珠の秘書(松たか子)


おわりに

千代の恋愛遍歴を見ると
尾﨑士郎と別居した
1929年 (昭和4年) ころまでは
大田区に住んでいた可能性があります。

Otapediaは、
大田区に住居を構えた
宇野千代氏を
「大田区無名の偉人」
として記録します。

大田区の記憶を呼び起こす
「Otapedia」の活動
私たちは
その“名を失いかけたものたち”に、
もう一度まなざしを向け、
記憶の岸辺に呼び戻す
営みです。

彼らの活動や
痕跡は消えても、
地域に遺した軌跡
未来へと伝えていきます。

これらの呼称は
Otapedia独自の呼称」であり
大田区公式の認定ではありません」。


出典
 1.『宇野千代』Wikipedia

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