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映画「キネマの天地」で使われた復元松竹橋【7月20日】(蒲田東特別出張所) #398

※本記事は
 Otapedia 公式note(https://note.com/fine_rat5784)のみで
 公開しています。
 無断転載・改変・商用利用を禁じます。
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※史料に基づき記述していますが、
 必要に応じて
 考察が入る場合があります。


映画「キネマの天地」

山田洋次監督作品
1986年 (昭和61年) 8月2日
松竹制作による日本映画です。

松竹大船撮影所
開所50周年を記念して
渥美清演じる
寅さん一家をはじめ
オールスターキャストで
制作されました。


「キネマの天地」あらすじ

松竹が
蒲田から大船に
移転する直前の
1934年 (昭和9年) 頃の
蒲田撮影所を舞台に
映画製作に夢を燃やす人々を
描いた作品です。


男はつらいよ

1971年 (昭和46年) 以降
お盆と暮れに上映されていた
「男はつらいよ」は
「キネマの天地」制作のため
1986年 (昭和61年)
夏の制作は見送られました。


制作の裏話

『蒲田行進曲』(1982年)が
東映京都撮影所で撮影されたことへの
“松竹側の悔しさ”が
企画の契機となったとも
言われています。


「キネマの天地」興行成績

配給収入は13億円で
この年の
松竹最大のヒット作品になりました。

1986年 (昭和61年) 
邦画配給収入第1位は
子猫物語(東宝)の54億円。

洋画配給収入第1位は
バック・トゥ・ザ・フューチャー(UIP)の36.5億円。


映画セットの松竹橋親柱

映画『キネマの天地』の
撮影で使用された
松竹橋の親柱は、
大田区へ寄贈され、
1986年 (昭和61年) 7月20日
ニッセイアロマスクエアの
広場に設置されました。
(大田区蒲田5‐37)

写真:ニッセイアロマスクエア広場の松竹橋
撮影:かえる11号

松竹橋とは

松竹キネマ蒲田撮影所の
付近を流れていた
旧六郷用水の分水
逆川にかかっていた橋。

映画『キネマの天地』では、
撮影所の前に架かっていた
この橋を再現したセットが制作されました。


おわりに

たくさんの俳優さんたちや
制作その他に関わる人たちが
夢をかなえるために
15年半という月日の中で
何人のひとたちが
この橋を渡っていったのだろう。

Otapediaは、
松竹橋を
「大田区無名の風景」
「大田区無名の呼称」
「大田区未顕彰の地域遺産」

として
松竹橋が移設された
7月20日を
「大田区記憶の日」
として記録します。

Otapediaは、
大田区の記憶を
未来へ遺すという
理念のもとに活動しています。

私たちは、
その“名を失いかけたものたち”に、
もう一度まなざしを向け、
記憶の岸辺に呼び戻す営みです。

人々の活動や風景、
残された痕跡は姿を消しても、
地域に刻まれた軌跡を
未来へと伝えていきます。

記事内で使用している
独自の顕彰は、
Otapedia独自の呼称」であり
大田区公式の認定ではありません」。


出典
 1.『キネマの天地』Wikipedia
 2.『大田区史五十年史』年表・資料・索引
ヘッダー
 3.『松竹キネマ蒲田撮影所』大田区立郷土博物館 所蔵

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