世界エレベーターの日【3月23日 今日は何の日】(六郷特別出張所) #275
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公開しています。
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人が “初めて上へ移動” した日
1857年3月23日
「世界初の乗用エレベーター」 が
ニューヨークの
ブロードウェイの
ロード・ティラーズ・ストアに
設置された。
エリシャ・オーチス
1811.08.03~1861.04.08
1852年
落下防止装置を発明し
翌1853年
ニューヨーク万国博覧会において
釣り上がった状態で
引き上げたロープを切り
観客に安全性を見せつけた。
同年
「オーチス・エレベータ・カンパニー」を
設立した。

Elisha Graves Otis
出典 Wikipedia

ロープを切って安全性を示す様子
当時の資料を基に
Otapediaが複製
オーチスの没後
2人の息子たちは
彼の遺産で
「オーチス・ブラザーズ・カンパニー」
を設立。
この系譜は現在の
「オーチス・エレベーター」
へとつながり、
世界最大級のエレベーター企業へと
発展していく。
「エレベーター」
という名称も
この時に付けられたと
されたとされています。
乗用エレベーターの誕生により
それまでのエレベーターは
“荷物を運ぶためのもの” でした。
しかし、
人が乗れるようになったことで、
建物は
「横」ではなく
「垂直」へと伸びていき、
高層ビルの建設が
可能になりました。
日本初の電動エレベーター
1890年 (明治23年)
東京・浅草に完成した12階建てで、
当時日本一の高さを誇った
展望塔「凌雲閣」
(別名 「浅草十二階」)に、
国内初の電動式エレベーターが
設置されたのです。

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日本三大望楼
「凌雲閣」は
新世界の通天閣
新開地の神戸タワー
と共に
「日本三大望楼」と
呼ばれました。

国産初のエレベーター製造の動き
1933年 (昭和8年)
大田区の仲六郷に
「東洋オーチスエレベーター」が
日本初の
エレベーター専門工場を
建設したのです。
世界を変えた
オーチスの血統が、
日本の技術力と融合し、
日本の近代化を加速させました。

と刻まれた記念碑

植え込みに囲まれて、
少し寂しそうな場所にあります
日本の「エレベーターの日」
1979年に
一般社団法人
日本エレベーター協会が
浅草十二階への
設置にちなんで
11月10日を
「エレベーターの日」と
制定しました。
当初のオープンは
11月10日と
報じられたていましたが、
来賓の都合で
翌11日に繰り延べられました。

(啓発ポスターより)
最後に
Otapediaは、
東洋オーチスエレベーターを
「大田区無名の企業」
として
この工場を
「大田区発祥」の
日本初のエレベーター工場
として記録します。
大田区の記憶を呼び起こす
「Otapedia」の活動
私たちは
その“名を失いかけたものたち”に、
もう一度まなざしを向け、
記憶の岸辺に呼び戻す
営みです。
彼らの活動や
痕跡は消えても、
地域に遺した軌跡を
未来へと伝えていきます。
これらの呼称は
「Otapedia独自の呼称」であり
「大田区公式の認定ではありません」。

出典
1. Wikipedia 『エレベーター』
2. Wikipedia 『凌雲閣』
3. 一般社団法人 『日本エレベーター協会』
ヘッダー
画像:「ロード・ティラーズ・ストアに設置された
エレベーター」
の史料を基にAIで作成
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