丸子多摩川花火大会 (田園調布特別出張所) #403
※本記事は
Otapedia 公式note(https://note.com/fine_rat5784)のみで
公開しています。
無断転載・改変・商用利用を禁じます。
© Otapedia 2025
※史料に基づき記述していますが、
必要に応じて
考察が入る場合があります。
大竹製菓
パン屋から始まった
大竹家は、
築地に
「大竹製菓工場」を設立し、
洋菓子の製造販売を行いました。
関東大震災後には、
大田区の西六郷に
第二工場を建設。
その後、
1924年 (大正13年)
当時専務だった
(後の社長)
大竹静忠氏が
新丸子の3,000坪の敷地に
100畳の大広間と
名物へちま風呂を備えた
料亭「丸子園」を開業します。
これが後の
新丸子三業地の発展へと
繋がっていきました。
丸子園は、
1941年 (昭和16年) 12月19日
日本電気に買収されるまで
大竹家三代によって
経営されました。

出典:日本地形社
かつて丸子多摩川花火大会という花火大会があった
1925年 (大正14年) から
当時の丸子の渡し付近で
全国でも有数の規模を誇る
花火大会が始まりました。
「丸子園」を開業した
大竹製菓の大竹静忠氏が、
故郷の三河から
三河花火の職人を呼んだのが
始まりとされます。
1929年 (昭和4年) には
東京急行電鉄に
主催が引き継がれました。
1937年 (昭和12年) まで
毎年花火は行われていたと
されています。
戦後の復活と驚異的な人出
戦争によって
一時中断されたものの、
1949年 (昭和24年) 8月6日・7日の両日
「日本一」と称された花火大会が
復活を果たしました。
復興の勢いとともに、
その年は30万人もの
人々が花火を楽しみました。
さらに、
1957年 (昭和32年) の開催では
なんと100万人を超える人出を記録し、
全国有数の花火大会として
大きな賑わいを見せました。
幕を閉じた花火大会
周辺交通への影響も大きく
渋滞が発生するなどの理由から
1967年 (昭和42年)
の開催を最後に
開催は終了となりました。
丸子多摩川花火大会復活の動き
2008年 (平成20年) 頃から
「もう一度あの花火を」と
復活を望む声が上がりましたが
実現には至りませんでした。
動き出した「丸子多摩川花火検証委員会」
2020年 (令和2年) 10月
丸子地区連合町内会が中心となり
丸子多摩川花火検証委員会を発足しました。
委員会は、
新型コロナウイルス感染症の影響で
イベント開催が困難になる中
「地域に希望を届けたい」という想いから
実に53年ぶりとなる
花火の「試し打ち」を実施しました。
丸子多摩川観光協会発足
前年の試し打ちの後、
各方面から強い要望が寄せられました。
そこで、
丸子地区連合町内会の
町会長会議で
前回の検証及び今後についての
検討を行った結果、
丸子地区9町会の
町会長で構成する
「丸子多摩川観光協会」へと引き継がれ、
本格的な実施が決定しました。
こうして、
止まっていた歴史が
再び動き出し、
花火に火を点けました。
未来へ渡す「丸子の渡し花火」
復活にあたり、
地域の恒例行事である
「丸子の渡し祭り」にちなんで
「丸子の渡し花火」と命名しました。
2021年 (令和3年)
「丸子の渡し祭り」との
合同開催を目指しましたが、
コロナ禍の影響により
祭り自体は中止となり、
花火大会のみの実施となりました。
丸子の渡し花火実行委員会
翌2022年 (令和4年) 以降は
従来の丸子多摩川観光協会と
新たに
丸子の渡し花火実行委員会を設置して
合同で運営を行っています。
大田区は
特別協賛に
田園調布地区自治会連合会と
嶺町地区自治会連合会が名を連ね
丸子橋地域が一体となって
歴史ある花火の伝統を
守っています。
熊本で震度7
7月28日 16:27
熊本県を震源とする
M7.1の地震が発生。
熊本県の宇城市・氷川町が
震度7を観測した。
地震の影響により
八代駅構内で
貨物列車が脱線転覆し、
日本製紙八代工場では
煙突が崩落した。
さらに
同日18:00頃には
嘉島町にある
イオンモール熊本で
爆発が発生し、
建物の一部が崩落するなど
被害が拡大した。
この地震で被災された皆様に
心よりお見舞い申し上げます。
一日も早い救助活動の進展と、
被災地の復旧・復興、
そして皆様の日常が戻ることを
心よりお祈りいたします。
おわりに
半世紀以上の時を超えて
地域の熱い想いで蘇った
「丸子の渡し花火」。
かつて100万人を
魅了した夜空の光は、
形を変えて
今も人々を
あたたかく照らし続けています。
Otapediaは、
丸子多摩川花火大会と
丸子の渡し花火を
「大田区無名の風景」
「大田区未顕彰の地域遺産」
として
丸子の渡しと
丸子多摩川花火の
伝統を継承する
丸子多摩川観光協会
丸子の渡し花火実行委員会
田園調布地区自治会連合会
嶺町地区自治会連合会を
「大田区無名の組織・集団」
として記録します。
大田区の記憶を呼び起こす
「Otapedia」の活動
私たちは
その“名を失いかけたものたち”に、
もう一度まなざしを向け、
記憶の岸辺に呼び戻す
営みです。
彼らの活動や
痕跡は消えても、
地域に遺した軌跡を
未来へと伝えていきます。
これらの呼称は
「Otapedia独自の呼称」であり
「大田区公式の認定ではありません」。

出典
1.『大田区史五十年史』年表・資料・索引
2.『丸子の渡し花火』
3.『へちま風呂の「丸子園」』新小杉開発株式会社
4.『神奈川県 武蔵小杉』三井トラスト不動産
#かえる11号
#Otapedia
#デジタルアーカイブ
#地域史
#LocalHistory
#SDGs11
#大田区
#OtaCity
#地域イベント
#田園調布特別出張所
#丸子多摩川花火大会
#大竹製菓
#六郷工場
#丸子園
#へちま風呂
#大竹静忠
#東京急行電鉄
#日本電気
#丸子多摩川観光協会
#丸子の渡し花火実行委員会
#丸子の渡し祭り
#田園調布地区自治会
#嶺町地区自治会連合会
#大田区特別顕彰区民
#大田区準特別顕彰区民
#大田区裏名誉区民
#〇〇の父
#日本初
#日本一
#東京初
#23区初
#大田区初
#大田区発祥
#大田区唯一
#大田区の逸品
#大田区無名の偉人
#大田区無名の企業
#大田区無名の産業
#大田区無名の風景
#大田区無名の呼称
#大田区無名の組織・集団
#大田区陰の功労者
#大田区未顕彰の地域遺産
#大田区記憶の日
いいなと思ったら応援しよう!
いつもご覧いただき、誠にありがとうございます。
皆様からの温かいご支援が、
私の活動の大きな支えとなります。