見出し画像

居酒屋🏮Monday「普通盛りの生姜焼き定食」

月曜日。

居酒屋Mondayの開店準備をしていると、入り口のドアが静かに開いた。

ガラッ。

「……おはようございます」

見慣れた猫耳パーカー姿のバイトが立っていた。
アタシは包丁を置いて顔を上げる。

「あら。アンタ帰って来たの」

「はい」

「で? 自分とやらは見つかったのかしら」

「………」

「ふぅん」

「………」

しばらく沈黙が流れた。

「まぁ、どうでもいいけどね」

「そうですか」

何だか少しだけ寂しそうな顔をした気もしたけれど、気のせいでしょ。

アタシは冷蔵庫から豚肉を取り出した。

「それより、なんかテレビの取材が来るらしいのよ」

「テレビ?」

「そう。何でも飲みログとかいうサイトを見たらしくて」

「飲みログですか」

「知らないわよ、そんなの」

アタシは肩をすくめる。

「デカ盛りが人気なんですって」

「へぇ」

「だから何が?」

「………」

「何がデカ盛りなのよ」

その時だった。
店の入り口が勢いよく開いた。

ガラッ!


「こんにちはー!!」

カメラを抱えたスタッフ達が雪崩れ込んでくる。

「飲みログ星4.3! デカ盛りで有名な居酒屋Mondayさんにお邪魔してまーす!」

アタシは思わず包丁を止めた。

「……は?」

横を見ると、Mondayくんが無言で天井を見上げていた。

何なのよ。

今日は朝から嫌な予感しかしない。


テレビスタッフに案内され、リポーターの男性がカウンター席へ座った。

「本日は飲みログ星4.3!デカ盛りで有名な居酒屋Mondayさんにお邪魔しています!」

「だから何がデカ盛りなのよ」

アタシは首を傾げた。

「特に生姜焼き定食が人気だそうで!」

「生姜焼き?」

「はい!」

「そう」

アタシは冷蔵庫から豚肉を取り出した。

「アンタ、リポーターなんでしょ?」

「はい!」

「じゃあ少し盛り良くしといたから、食べなさい」


数分後。

ドォォォォン!!


カウンターに置かれた生姜焼き定食を見て、店内が静まり返った。

山盛りのご飯。
皿から溢れそうな生姜焼き。
申し訳程度のキャベツ。

総重量約3.5キロ。

「……え?」

リポーターが固まる。

「普通盛りよ」

「普通盛り!?」

「テレビ来るって聞いたから少し多めにしたけど」

「これで少し!?」

隣でMondayくんが静かに頷いた。

「今日は確かに少し多いっすね」

リポーターは震える手で箸を取った。

「では頂きます!」

一口。

「うまい!!」
二口。

「柔らかい!!」
三口。

「見てください!!」

カメラへ向かって身を乗り出す。

「まるで豚肉の宝石箱やぁ〜!!」

「生姜焼きだけどね」

アタシは冷静だった。

その後もリポーターは懸命に食べ続けた。でも──
一時間後。

「……すみません」

ご飯がまだ半分残っていた。

「ギブアップです」

スタッフから拍手が起きる。

「頑張りました!」

「惜しかったですね!」

その時だった。

「じゃあ俺が頂きます」

Mondayくんが立ち上がった。

「え?」

「残したらもったいないんで」

そして何事もない顔で食べ始める。


モグモグ。
モグモグ。
モグモグ。

十分後。

完食。

スタッフ全員が固まった。

「え?」

Mondayくんはお茶を飲んだ。

「ごちそうさまでした」

リポーターが震える声で聞く。

「あの……何者ですか?」

「バイトっす」

「バイト!?」

「はい」

アタシは首を傾げた。

「何なのよさっきから」


テレビ放送は大反響だった。

『普通盛りとは』
『生姜焼きで人生観が変わった』
『豚肉の宝石箱』
『猫耳のバイトくん結構イケメン』
『猫耳くんが全部持っていった』

何なのよ全く。

その日の夜。

「ママ、飲みログの評価上がってましたよ」

「へぇ」

「猫耳くんイケメンって書かれてました」

「良かったわね」

「別に」

アタシはため息をついた。

「それにしても」

「はい?」

「何でデカ盛りで取材受けんのよ」

「……」

「あの日は魚も活きのいいのが入ってたし、刺身だって旨かったのに」

「はい」

「日本酒だって伯楽星を開けたのよ」

「そうでしたね」

「誰も飲まないじゃない」

アタシはため息をつきながら、
今日の賄いを差し出した。

「はい。賄い」

「…いただきます」

「今日は魚の日だから軽めよ」

「助かります」

何が助かるのか知らない。

Mondayくんはネギトロ丼を食べ始めた。


アタシは窓の外を見た。

「……それにしても」

「はい?」

「キャベツ、また高くなったわねぇ」

Mondayくんはネギトロ丼を食べながら頷いた。

「そうっすね」

店の外では夕暮れの風が暖簾を揺らしていた。

飲みログの評価が上がろうが。
テレビで話題になろうが。
猫耳のバイトが人気になろうが。

居酒屋Mondayには、あまり関係のない話だった。

カウンターでは今日も常連客が酒を飲み、
厨房ではママが包丁を握る。

それがいつもの居酒屋Monday。



居酒屋Mondayの夜は、

今日もゆっくりと過ぎていった。



いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集