マチアプ男が既婚者子持ちだった場合の対処法
ジーザス。まさか、そんなわけが無い。
騙されていたと気がついたのはパスポートを無くし、途方にくれたマドリード。
友人のゲロを待つ間、私はマドリードの駅で一人、スマホを触っていた。LINEの更新されたプロフィールを見ていたらアイコンには本人の後ろ姿とその両腕にはかなり大きい子供の姿。結構いい感じになったのに次の連絡が来ない時点で気がつくべきだった。
気が付かずLINEを消せないままもう半年以上もすぎてしまった。私は浮気相手だった。そんなことの当事者になんてなるわけないと思っていたのにいつの間にか汚い女に成り下がっていた。
昔から彼女持ちの男を好きになる傾向があるとは自覚していたがまさか子持ちを好きになっていたとは思いもしない。その事実が重く重く私にのしかかる。
汚い女、綺麗な女。
聖母マリア信仰の強いイタリアを旅していて、1番に感じた違和感は処女受胎である。私には理解のできない奇跡という設定に辟易した。
それと同時に子をなさないのに性と生きているのは汚い証拠だとも思った。私が汚いという位置付けになってしまったのはキリストが生まれた2000年以上前からの慣習と、私が処女を失った時からだ。
処女を失うと何を得ることができるのだろう。私は何かを得ようとして処女を失ったのに何も得られなかった。ビリッとした痛みと口内に残る塩味と苦味。不快な記憶だけが私の中に残り男性嫌悪が加速するのみであった。マリアは何を思って処女受胎を受け入れたのだろうか。
私はマリア様を見ていると母のような安心感を感じることができる。キリスト教徒でも仏教徒でもない私にとってマリア様は信者を従える王の母上のような存在でしかないのにこんなにも安心を感じてしまうのだろう
私はいつも放置されて生きてきた。別に干渉をして欲しい訳ではない。ただ欲しかった愛を享受せずに生きてきたと思っている。そこから母のような安心感を持つ人間が好きだ。ドンと構えて私を抱擁してくれるような存在が大好きでたまらないのだ。だから女性であれば胸の大きい子を、男性であれば服のサイズが大きい人が好きだ。抱きしめてくれて頭を撫でてくれると好きになってしまう。友人にこういう好みをぶつけてしまうのは失礼だと分かっていながら、私はひとり寂しく母を探しているのだ。早く私の手を掴み取って欲しい。私の事を抱きしめて今まで頑張ったと褒めて欲しい。
マチアプなんてろくでもない。悲しいです。パリでTinderでもやってみようかしら。
