【短編小説】しゃぼん玉 #原稿用紙二枚分の文芸賞
水平線が視界に現れるようになると素足に敷かれたサンダルはシャリシャリと音を立てるようになる。
砂浜に腰を下ろし、膝を曲げた。
波を聴き、まっすぐな線を見たいだけなのに、揺蕩うシャボン玉が私に流れていたものを堰き止めた。
隣に人の気配を感じる。
「もやもやすると、いつもここでシャボン玉を吹くんだ。君も吹いてみる?」
右腕を伸ばした。手のひらに吹き具とシャボン液が置かれた感触が良く分かる。
今思えば、なんてひねくれた野郎だったのだろう。
船の発するブザーが会話の舵を切る。
「子供の頃から、シャボン玉を吹くと落ち着くんだ。父親と喧嘩して家を飛び出したり、受験に失敗して何もかもが嫌になったときとか。」
沈黙を破った声に心地よさを感じたのだけれど、あの時の私は素直じゃなかった。
「別に聞いてないんですけど。」
「あはは。じゃあ、ポッドキャストだと思って聴き逃してよ。」
波が作る轍に目を凝らした時だった。
「シャボン玉って息を吹く時間が長くなるほど、大きくなるじゃん。これって悩みを可視化してくれるように思うんだ。大きなシャボン玉は、小柄なヤツと比べて限りなく遅くなる。だから分散させて速くしてすぐに消えてしまえばいい。」
「本当にそうかな?二酸化炭素の中で生まれたシャボン玉って、上に飛べないんだよ。出られない。同じところをぐるぐるしてる。息苦しい。」
「閉じ込めてるものを壊しちゃえばいい。二酸化炭素は植物が吸ってくれるから、そばに置いてあげたらいいんだよ。」
手に握りしめていたものを彼の胸に押しやったのが最後の記憶だった。
一瞬顔をみたような気がするが、思い出せない。
スマホから彼の声が聞こえる。
育ちすぎた植物はベランダでのびのびと生きている。
「あの日、砂浜で縮こまってた子は幸せになれたかな?浜辺をしっかり踏んで去った姿はかっこ良かったから大丈夫なような気がする。」
私は忘れ物を思い出してコメ欄に文字を打った。
またもや参加させていただきました。
