⚽️サッカーOS地政学・番外編③一人のバルサファン、そしてメッシファンとして
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今回は少しだけ分析をお休みして、一人のサッカーファンとして書いてみたいと思います。
私が子どもの頃、一番好きだった選手はマラドーナでした。
今のように海外サッカーが簡単に見られる時代ではありません。
それでも、映像を見るたびに衝撃を受けました。
「なんだ、この選手は。」
小さな体で何人も抜いていく。
ボールがまるで足に吸い付いているようでした。
だから、私にとってアルゼンチンという国は、昔から特別な存在です。
その一方で、クラブチームとして心を奪われたのはバルセロナでした。
きっかけは、ヨハン・クライフが率いたバルセロナです。
当時は「このサッカーはなんでこんなに面白いんだろう」と思いながら見ていました。
今振り返れば、あの頃からクライフは、勝つための構造を作っていたんだと思います。
ボールを大切にする。
人を動かしてスペースを作る。
一人で何とかするのではなく、チーム全員で相手を動かす。
勝つことだけではなく、「どう勝つか」に美しさがありました。
私は、そのサッカーに魅了されました。
その思想は、クライフから受け継がれ、何年もの時間をかけて磨かれジョゼップ・グアルディオラにより最高峰に到達しました。
そして、その集大成とも言える選手が現れました。
リオネル・メッシです。
最初は「とんでもない若手が出てきたな」という印象でした。
でも、気づけばそんな言葉では足りなくなっていました。
世界最高。
いや、私の中では史上最高です。
若い頃のメッシは、本当に反則みたいな選手でした。
何人に囲まれても抜ける。
どんな狭い場所でも前を向ける。
しかも、自分で決めるだけではなく、味方まで生かしてしまう。
毎試合、「今日は何を見せてくれるんだろう」とワクワクしていました。
そして今。
三十九歳になったメッシを見ても、その気持ちは変わりません。
ドリブルは減りました。
スピードも若い頃ほどではありません。
でも、試合を読む力は、むしろ今の方が凄いと感じます。
相手の守備が乱れる瞬間。
味方が走り出すタイミング。
勝負を決めるべき数秒。
それを誰よりも早く見つけてしまう。
身体能力が衰えても、サッカーを理解する力は磨かれ続けている。
だから私は、今のメッシも大好きなんです。
そして今回の決勝。
スペイン対アルゼンチン。
私にとっては、本当に特別なカードになりました。
スペインには、ヤマルがいます。
クバルシがいます。
新しい時代を感じさせる若い才能が次々に出てきました。
それからクライフバルサの申し子ペップが育てた最高傑作ロドリがいます。
そして、そのサッカーの根底には、私が昔から好きだったクライフの思想が流れています。
一方には、その思想の中で育ち、史上最高の選手になったメッシがいる。
考えてみれば、本当に不思議な決勝です。
私が子どもの頃に憧れたアルゼンチン。
私が長年愛してきたバルサ。
その二つが、ワールドカップ決勝で交わる。
こんな日が来るなんて、昔は想像もしませんでした。
だから正直、どちらを応援すればいいのか分かりません。
スペインが勝てば、新しい時代の幕開けです。
ヤマルやクバルシを中心に、これからの十年が始まるのかもしれません。
アルゼンチンが勝てば、メッシという史上最高の選手が、最高の形で物語を締めくくることになります。
どちらも見たい。
どちらにも勝ってほしい。
そんな決勝は初めてです。
サッカーを何十年も見てきました。
マラドーナに憧れ、クライフ・バルサに魅了され、メッシという奇跡のような選手を見続けてきました。
その長い時間が、この一試合につながっているような気がします。
一人のバルサファンとして。
そして、一人のメッシファンとして。
この決勝を見届けられること自体が、サッカーファンとして最高の幸せなのだと思います。
