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⚽️サッカーOS地政学4イタリア編④

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なぜ南イタリアは北イタリアに勝てなかったのか
〜サッカーで見えるイタリア統一の光と影〜

イタリア代表はひとつである。

だがイタリアという国は、
本当にひとつなのだろうか。

実はイタリアサッカーを理解する上で、

北と南

の違いは避けて通れない。

いや、

イタリアという国そのものが、

北と南の物語と言ってもいい。

地図を見てみよう。

北イタリアはヨーロッパにつながっている。

フランス。

スイス。

オーストリア。

ドイツ。

古くから交易路が発達し、
工業化も進んだ。

一方で南イタリアは地中海世界である。

ギリシャ。

アラブ。

ノルマン。

スペイン。

様々な文明の影響を受けてきた。

同じイタリアなのに、
歴史が違う。

文化が違う。

経済が違う。

そしてサッカーも違う。

1861年。

イタリアは統一される。

学校では

「イタリア統一」

として習う。

だが南から見ると、
少し違う景色が見える。

統一後、

工業化の恩恵を受けたのは主に北部だった。

トリノ。

ミラノ。

ジェノヴァ。

鉄道が伸びる。

工場が増える。

資本が集まる。

人も集まる。

サッカーも発展する。

一方で南部は取り残された。

貧困。

失業。

大量移民。

多くの南イタリア人が、
アメリカやアルゼンチンへ渡っていく。

だからセリエAの歴史を見ると、

強豪クラブの多くは北に集中している。

ユヴェントス。

ミラン。

インテル。

トリノ。

みんな北だ。

これは偶然ではない。

経済力そのものなのである。

だが面白いことが起きる。

1980年代。

南から怪物が現れる。

ナポリである。

そしてその中心にいたのが、

[Diego Maradona]
だった。

ナポリはそれまで、

北の強豪に勝てない側だった。

貧しい南。

豊かな北。

そんな構図の象徴だった。

しかしマラドーナは変えた。

ユヴェントスを倒す。

ミランを倒す。

インテルを倒す。

そして優勝する。

ナポリ市民は熱狂した。

なぜなら彼らにとって、

それはサッカーの勝利ではなかったからだ。

南が北に勝った。

そう感じたのである。

だから今でもナポリでは、
マラドーナは単なる選手ではない。

半ば伝説であり、
歴史そのものになっている。

ここにイタリアサッカーの面白さがある。

クラブはクラブではない。

地域の歴史である。

経済である。

文化である。

アイデンティティである。

だからイタリアの試合は熱い。

ただの勝敗ではないからだ。

北と南。

豊かさと貧しさ。

誇りと反発。

イタリアサッカーは、
そのすべてを背負って戦った。


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