ギャルの最高峰に年賀状を送ったイケてない男子の、形式にこだわりすぎた冬。フィクションレベル18%
90年代も序盤を終えるころ。
年賀状という古風すぎる形式に、まっすぐすぎる想いを込めた男がいた
彼の名は――蟹口知宏(かにぐち ともひろ)
世間的にはイケてない
頭がでかくて。歯もでかい。歩くとおしりがぷりぷり揺れる
女子から見ると“ダサい”
男子から見ると“なぜか人気”
私は、彼を誰よりもイケてる友だと思っていた。
これは、そんな蟹口が “まっすぐすぎた想い” を届けようとした冬の話。
部活の帰り道
自転車を並走させていると、蟹口がぽつりと言った。
蟹口「俺、永田さとみに年賀状送ったよ」
ペダルが止まりかけた
私 「……誰に?」
蟹口「永田さとみ」
永田さとみ。
ヤンキーとギャルの中間地点に住む女子。
髪は明るく、制服は短く、笑い声はでかい
スクールカーストの頂点
聞けばそんな彼女に、蟹口が恋をしてしまったらしい。
おそらくは永田さとみは蟹口のことを知らないだろう。
私 「いや、お前……よく出したな」
蟹口「だって住所録あるじゃん。出せるっしょ」
いや、そういうことじゃないんだが…
その清々しさに、私はちょっとだけ感動した。
数日後
また帰り道で蟹口が急に言った。
「俺さ……興奮してきちゃってさ」
嫌な予感しかしない
「永田さんに年賀状3枚送っちゃった」
「……3枚?」
「うん。文面は
1枚目『あけましておめでとうございます』
2枚目『今年もよろしくお願いします』
3枚目『寒いですね』」
「それもう手紙だろ」
「いや、年賀状だよ。“形式は守った”」
堂々と真顔
逆に怖い。
そしてついに――
冬休み明け初日
始業式を待つ喧噪の廊下。
一直線にのびる1年生の廊下では、それぞれが再会の喜びや土産話でごった返していた。
その中でも永田さとみ軍団は特別目を引いていた。
容姿もさることながら、めちゃめちゃ声がでかい。
軍団員A「ねえさとみ〜、蟹口から年賀状来たんでしょ?」
永田団長「来た、その人知らないし、なんか3通来たんだけど」
軍団員B「3通て! なにそれ、さとみ惚れられてんじゃん」
永田団長「いや無理無理」
軍団員B「で、なんて書いてあんの?」
永田団長「1枚目『あけましておめでとうございます』
2枚目『今年もよろしくお願いします』
3枚目『寒いですね』
全部、富士山と犬バックに“筆で賀正”」
軍団員C「筆て! 昭和かよ!」
軍団員B「“寒いですね”て! 手紙かよ!」
そして――
軍団員A「てかさ……さとみんち、喪中じゃなかった?」
沈黙
軍団員B「……マジ?」
永田団長「うん。去年おばあちゃん死んじゃったんだよね」
軍団員B「3通全部アウトじゃん!」
「蟹口3アウトチェンジじゃん!」
軍団員C「“寒いですね”て! おばあちゃんに言ってんじゃん!」
軍団員B「やめて〜腹痛い〜!!」
笑い声が廊下に響く
これにより、蟹口の失態は一帯に認知された。
私の脳内では、蟹口が筆ペンで「賀正」と書きながら、
背景で富士山と犬が疾走していた。
“喪中”
“3通”
“寒いですね”
あ、蟹口⁉
永田一派の向こうで、蟹口の“ぷりケツ”がきびすを返し遠ざかっていくのが見えた。
数日後、蟹口の家に行ったとき
机の上に年賀状が2枚、書きかけで置いてあった。
宛名は――「永田さとみ」
「あ、それさ……出す予定だったんだけど、出せなかったやつ」
照れ笑いしながら言う
「……年賀状なのに切手貼っちゃってさ。
もう“普通の手紙”になっちゃったから」
年賀はがきに切手貼るって、そんなミスが存在するのか
蟹口はこの先の人生で証明されるが、形式は大切にするのだが、
たびたびその形式でミスをおかす特性がある
ひとつエピソードを紹介しよう
この約10年後
蟹口は身内の通夜振る舞いの席でビールを注がれると、
条件反射でビールを掲げ「乾杯!」と言ってしまい、
30歳目前にして大衆の前で母親にビンタを食らうことになる。
(話を戻そう)
私は蟹口の机の上の、書きかけの年賀状を手にとった。
犬の絵柄の隅に、薄い鉛筆のメモ
“これが一番かわいいと思う”
どの絵柄にするか迷って。
筆ペンで「賀正」の文字を練習して。
“寒いですね”の一言に勇気を込めて。
それが全部、届かなかった。
蟹口は、ふざけてるように見えて、
いつだって本気で、ちゃんとまっすぐだった。
