【連載7/18】熊より速くは走れない(2701文字)
「投げ銭ってやつ、沢山貰えたから奇跡なの?」
僕たちはあの奇跡が起きた夜、祝杯をあげていたのだ。こんな時は祝いの酒に限る。
彼女は多分未成年だからハッピージュース100%だ。
「沢山貰えた事がと言うよりは、羊枠でノルマを達成出来たことが奇跡的なんだ」
「その、枠ってのがよく分からないんだけど」
「ええと…それじゃあ芽衣ちゃんが所属している事務所があるでしょ?ハッピーアニマライブって名前の」
「うん。」
「ライバーを支援している事務所なんだけど、その中でも成績上位のライバーは、事務所を宣伝する、イメージキャラクター的な契約を結ぶ事が出来るんだよ。羊に兎に蛇に熊…あとは何だったかな…。
ファンたちが人気アニメの真似をして柱って呼び始めて、それが定着してるみたい。
芽衣ちゃんはその羊枠ね。」
「………。」
彼女は首を傾げている…。もう少しシンプルな説明がいいかな?
「ええと、芽衣ちゃん人気だから、事務所の宣伝動画にたまに出てくるかんじ。熊の人とかもたまにみるでしょ?あの大きい筆持ってる、はちみたいな熊みたいな名前の」
「うん。ししょー」
「え?」
「なに?」
「まぁいいや、ノルマが達成出来なかったら、次の羊枠候補の人と入れ替わっていたってこと」
「ふぅん」
「何年も前なんだけど、初代の羊枠の人が海外出身の人で、その国の観光大使の契約をとった歴史があるんだ。」
「へぇ、ノボルは羊枠に詳しいのね。」
彼女はコップにビールを注いでくれる。そして僕の目をじっと見る。
僕の考えを探る様に、感情を読み取ろうとするかの様に。
…あとさりげなく、ハッピージュースも入れたら、それはビールのハッピーセットだ。ハッピー5%ビールくらいか。もちろん合法だ。
「ライバーが観光大使になるのは当時衝撃的でね、その事務所が有名になったきっかけらしいね」
「ふぅん。」
「そして枠ごとに、それぞれの”平均収益”があって、それがノルマになっているみたい。
だから他の枠よりも羊枠はノルマが厳しいんだよ。元観光大使が平均を引き上げちゃってるからね」
「ふぅん。」
彼女は、ジュースの表面に浮かぼうとする氷を、ストローの先で押さえつけている。
「ファンの間では”呪われた羊枠”って言われているくらい」
彼女は顔を上げ、息を吸った。
「羊ちゃんたち可哀想。ノボル好みの可愛い女の子は、助からない運命なのね。」
「……。」
なんか棘があるな…、こいつ妬いてるのか…?可愛いな。
僕は酔っていたのもあり、僕にしては珍しく饒舌になってしまっているみたいだ。ただの解説とも言う…。
「僕、編集部で働いてた事があって、その頃は仕事が終わったら、当時の猿枠の猿木くん…、今はもう落ちちゃったけど、当時の猿枠の雑談配信を見ながら帰宅していたよ。
悩みとか愚痴を聞いてくれてさ、レスポンスが痛快で面白かったなぁ…。
ただ、猿木くんは一言多いと言うか…、たまに炎上しちゃうんだよね。最後は燃えながら落ちちゃったけど──」
料理は片付いていて、いつの間にかお菓子パーティーになっていたらしい。
僕もハッピーパウダー777%がついた、スナックに手を伸ばす。…このスナック菓子、ハッピーパウダーが本体なのか、と思うほどに粉が分厚い…。
「要するに、推しの配信を視聴すると言う事は、僕たちファンには欠かせないもので、僕たち迷える子羊、否、ストレイシープは教えを乞う様に、あるいは礼拝する様に視聴して、お祈りをするように、投げ銭と言う名の"供物"を捧げるんだよ。"金の羊"をね。
みんなの『宿り木』をみんなで守る。この表現もありかもしれない。
僕たちには、ぷりてぃーはっぴーで、モコモコウールな女神が必要という事だ、分かるかい?」
「分からないし…、キ、モ、す、ぎ。」
一蹴だった。彼女はまるで、大きなゴミを見るような目で僕を見ていた。ここで言うゴミとは、『宝物』ではなく、『キモいもの』である。
羊の話を出すと不機嫌になるのか…。
しかし彼女にキモがられるって新鮮だ…というより新しい自分が目覚めそうだ。
エキサイティング…というより、デュフフフって感じだ。
彼女が嫌がるなら、もちろん羊ファンはやめるのだが、もう少しくらいなら…いいのかな?
行きすぎたらきっと『キモい』というご褒美…もとい、お叱りがあるだろう。
おそらく『キショい』という言葉に進化する時が引退どきだ。
『キショい』は『キモい』と比べて、3倍の攻撃力があるため労い…もとい、お叱りの言葉としては行き過ぎだ。
実際は1.3倍なのかもしれないが、体感ダメージは3倍なのだ。
「とにかくキモいから、キモすぎるから、キショいから、芽衣の配信見るの禁止。
肝に銘じておいて。」
「………。」
心を読まれただと…?早くも引退どきらしい…。
ハッピー5%のビールも底が尽きてしまった。グラスを力無くテーブルに置いた。
…まぁいい、呪われた羊枠の奇跡を見れたのだ。次の礼拝で見納めにしよう。
あとなんか最後の一言、『きも』と『めい』強調してなかったか?
記憶を失う前の彼女は、ラッパー説が出て来たあたりで眠くなって来た…。しかしここで寝たら風邪を引いてしまう…。
眠気と戦っていると、彼女が毛布をかけてくれた。
ありがとう。
一緒に眠ろう。おいで──
「って何か寒くね?」
寒さで身を起こすと、隣には『みのむし』のように毛布に包まり、ぬくもりを独占している彼女が寝ていた。
みのむしからは、くま耳フードがひょっこりと出ている。
ふわふわのくま耳を指先で触ると、反対側へ逃げるように、ころりと寝返りをうった…。
地味にひどい…いや普通にひどい。
僕の毛布を占領されては、彼女の最近のお気に入りの、くまさん毛布を使わせてもらおう──
しかし居間にそのまま一人寝かせておくのはかわいそうかな?添い寝することにしよう。おやすみ──
「って何か寒くね?」
寒さで身を起こすと、隣にいたみのむしが、くまさん柄になっていた。
…熟睡しながらこれほど器用な事が出来るのか…。
僕はそのミノムシを抱き枕にして、寒さを凌ごうとした…。
が、しかし…、熟睡してるとは思えない程逃げ回るのだ。
抱きつくと反対側に転がるように寝返りを打ったり、這いずる様にして手が届かない距離に逃げられるのだ…。
追いかける。
逃げる。
追いかける。
逃げる。
壁際に追い込むまで攻防戦(?)は続いた。
最後は足までガッチリとホールドして、ようやく動きを止める事ができた。
デュフフフフ。
