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あすろうくん

ねむろうさんに続き、絵本を制作しました。
まずは以下より読んでみてください。
スマホの方は横向きで、PCの方はそのままダウンロードして読んでいただけます。



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読んでいただきありがとうございました。


私たちは、いつも物語に救いを求めます。

苦しんでいる人がいれば、最後には誰かがその苦しみに気づく。
努力している人がいれば、いつかその努力が報われる。
孤独な人がいれば、理解してくれる人が現れる。

そのような結末は、人を安心させます。
ただ、現実がいつもそうであるとは限りません。

誰にも知られないまま終わる努力があります。
感謝されない仕事があります。
正しく理解されないまま、誤解だけが残ることもあります。
どれだけ他人のために生きても、救いが訪れないこともあります。

それでも、人は「明日」を生きなければならないことがあります。


あすろうくんは、怠け者だと思われています。

けれど実際には、誰にも見えないところで、町のために多くのことをしていました。

その事実を、あすろうくんは自分から話しません。
認めてもらうためにやったことではないからです。
目立つことも嫌いなのです。

私は、この姿を無条件に正しいものとして描いたわけではありません。
自分を犠牲にし続けることが、誰にとっても正しいとは思いません。

本当なら、あすろうくんも眠るべきです。
好きな本を読み、走り、知らない場所へ行き、好きな絵を描くこともしたらよいです。

けれど、この物語で描きたかったのは、正しい生き方ではありません。

「救われないまま、それでも生きる人の姿です。」

あすろうくんは、自分のためにできることを見つけられませんでした。

結局、誰かが彼の努力に気づくこともありませんでした。

明日になれば、また新しい落ち葉が積もり、壊れたものが生まれ、誰かが困ります。

その現実は、何も変わりません。

それでも、あすろうくんは言います。

「今日も生きて、
他の人のためにできることを、
あしたもやろう」

これは、「明日」への希望に満ちた言葉ではありません。
すべてがよくなるという約束でもありません。

「明日」は救われるという期待でもありません。

今日を生きる理由がほとんど残っていない中で、それでも今日を終え、明日へ進むための言葉です。

人は、立派な夢があるから生きられるとは限りません。
大きな希望があるから、「明日」を迎えられるとも限りません。

自分のための理由が見つからない日には、誰かのためにできる小さなことが、生きる理由になることもあります。

その理由が正しいか、健全か、美しいかを、この物語は前提にしていません。
ただ、そのようにして今日を生き延びている人がいることを、描きたかったのです。

今日がつらくても、「明日」すべてが変わるとは限りません。
少しは楽になるとは限りません。
誰かが気づいてくれるとも、報われるとも限りません。
優しい言葉をかけてくれるとも限りません。

それでも、「明日」を生きる。

『あすろうくん』に込めたのは、その一つの意志です。

今日がどんな日でも「明日」に向かっていく。
その繰り返しを人間は続けていく。

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