「タフティー・ザ・プリーステス」という不思議な本を読んでみたらいろいろ混乱した 第1部
タフティー・ザ・プリーステス【第1部】現実の仕組みを知る者だけが、世界を書き換えられる
私たちが見ている世界って、本当に「現実」なんでしょうか?
ヴァジム・ゼランドの『タフティー・ザ・プリーステス』を読んだとき、正直言って驚きました。この本は、私たちが当たり前だと思っている「現実」の正体を、まったく違う角度から見せてくれるんです。
レッスン1から40にわたって展開される教えの中でも、特に基礎となるのが「現実の仕組みの理解」。これを知らずに現実を変えようとするのは、ルールも知らずにゲームをプレイするようなもの。だからこそ、まずはこの「仕組み」を一緒に見ていきましょう。
現実は「映画の1コマ」だった
タフティーが教えてくれる最初の驚きは、現実って玉ねぎみたいに何層にも重なっているってこと。
私たちが「今、ここ」って感じている瞬間は、実は映画の1コマみたいなものなんです。映画のフィルムって、一つ一つは静止画像ですよね。でもそれが連続して映写されることで、動きのあるストーリーになる。
私たちの現実も、まったく同じ構造らしいんです。
「今」という瞬間は、たった一瞬だけ存在して、次の瞬間にはもう過去になる。それって、無数のコマの中のたった一つに過ぎないんですよね。
そして、ここからが本当に驚きなんですが——これらすべてのコマは、もうすでに存在しているんです。
「永遠の保管庫」って何?
タフティーは、「永遠の保管庫」っていう場所について話しています。
想像してみてください。巨大な倉庫があって、そこには映画のリールが無限に保管されているイメージ。その中には、すべての過去、すべての未来、そして「起こったかもしれないすべての可能性」が入っているんです。
私が成功している未来も、失敗している未来も、もうそこにある。 幸せな人生を送る可能性も、苦しみ続ける可能性も、すでに記録されている。
じゃあ、私たちが体験している「現在」って何なんでしょう?
それは、この保管庫にある無数のリールの中から、特定の1コマが光で照らされて、物質化したものなんです。
映写機が特定のフィルムを照らすと、スクリーンに映像が現れますよね。同じように、私たちの意識が特定の可能性を「照らす」と、それが「現実」として体験されるんです。
不思議ですよね。でも、考えてみると少し腑に落ちる部分もあります。
「台本」に従って生きてる?
ここからさらに深い話になります。
タフティーによると、私たちの行動や出来事って、実はあらかじめ外部の「台本」で決められているらしいんです。
朝起きて、歯を磨いて、仕事に行って、いつもの会話をして、いつもの感情を感じる——これって全部、もう書かれた台本の通りに動いているだけかもしれない。
普段の私たちは、この台本の通りに動く「ペーパー人間(マネキン)」みたいなもの。
「私は自分の意思で選んでる!」って思いますよね、私もそう思ってました。でも実は、それって巧妙な幻想なのかもしれない。人形劇の操り人形が、「自分で糸を引いてる」って信じ込んでいるような感じ。
ちょっと怖いですよね。でも大丈夫。この真実を知ることこそが、本当の自由への第一歩なんです。
私たち、実は眠ってる?
タフティーは言います——夢の中でも起きてる時でも、私たちはいつも「眠りこけている」って。
最初聞いたとき、「え、起きてるのに?」って思いました。でも、説明を聞いて納得したんです。この「眠り」って、意識が二つのスクリーンのどちらかに釘付けになってる状態のことなんです。
内部スクリーン
自分の考え事、空想、感情、不安、後悔……こういう内的な世界に没頭してる状態。
「あの時、ああすればよかったのに」 「明日、大丈夫かな」 「なんで私っていつもこうなんだろう」
こういう思考の渦に巻き込まれてるとき、私たちは内部スクリーンの中に閉じ込められてるんです。
外部スクリーン
周りで起きてること、他人の言動、ニュース、SNSの投稿……こういう外からの刺激に意識が奪われて、反射的に反応してる状態。
誰かの一言にカチンときたり、スマホの通知で気が散ったり、目の前の出来事に心がざわついたり——これ、全部外部スクリーンに捕まってる証拠なんです。
この2つのスクリーンのどっちかに意識が張り付いてる時、私たちは無意識になって、自分や状況をコントロールする力を失っちゃう。
あぁ、確かにそうかも…って思いませんか?
「気づきの中心点」——本当の自分がいる場所
じゃあ、どうすれば目覚められるの?
タフティーは、内部スクリーンと外部スクリーンのちょうど真ん中に、「気づきの中心点(観察ポイント)」があるって教えてくれます。
この中心点に意識を置くと、初めて、自分の思考と周りの現実を同時に客観的に見られるようになるんです。
イメージしてみてください。映画館の座席に座ってる自分を。スクリーンには色々なことが映ってる。でも、スクリーンの中に入り込むわけでもなく、目を閉じて内面に逃げるわけでもなく、ただ静かに座って、すべてを観察してる。
この状態が、「気づきの中心点」にいる状態です。
ここに立つと、映画の筋書きを変える力を手にできるんです。
実際にどうやって目覚めるの?
タフティーは理論だけじゃなくて、具体的な方法も教えてくれます。これがすごく実践的で良いんです。
目覚めの問いかけ
一日に何度でも、自分に聞いてみるんです。
「私は今、どこにいる?」 「私は今、何をしてる?」
そして心の中で宣言する——「自分を見て、現実を見る」って。
シンプルですよね。でもこの簡単な問いかけが、無意識の眠りから意識を引き戻す鍵になるんです。
トリガーを使ってみる
無意識に眠っちゃう癖を壊すために、「きっかけ」を作ります。
外部トリガー: 何かが起きた瞬間——電話が鳴った、誰かが話しかけてきた、ドアを開ける、そういう時に「あ、今だ」って目覚める訓練。
内部トリガー: 何かをする直前——話し始める前、食べ始める前、決断する前——その瞬間に意識的に目覚める習慣。
これを続けていくと、だんだん無意識の自動操縦から、意識的な選択へシフトしていけるんです。
なんで目覚める必要があるの?
ここで大事な疑問が浮かびますよね——わざわざ目覚めなくても、このままでもいいんじゃない?って。
でも、考えてみてください。目覚めてない状態だと、私たちはもう撮影済みの映画のコマに対して、文句を言ったり、抵抗したりすることしかできないんです。
スクリーンに映ってる悲劇は変えられません。もう起きちゃった出来事は書き換えられません。眠ってる人は、ただ現実に振り回されて、運命に従うしかない。
でも、目覚めると、すべてが変わります。
台本から自由になれる
意識をコントロールできるようになると、外部の台本に支配されなくなります。もう操り人形じゃなくて、自分の意思で動く自由な存在になれるんです。
未来を選べる
今この瞬間に起きてること——現在のコマ——は変えられません。それはもう映写されちゃってるから。
でも、次にやってくる未来のコマは選べるんです。
目覚めていれば、永遠の保管庫にある無数の可能性の中から、自分が望む未来のリールを選んで、それを現実にすることができる。
これって、すごくないですか?
映画館の例え——全体像を掴む
タフティーの教えって、一つの大きな例えに集約されてる気がします。
私たちは映画館でスクリーンを見て、映画の悲劇に本気で怯えて泣いてる観客みたい。
登場人物が苦しんでる姿に自分を重ねて、展開にドキドキして、結末を恐れてる。スクリーンの中の世界が、すべてだと思ってる。
でも、ふと我に返ったら気づくんです——自分は安全な座席に座ってるって。スクリーンの中の出来事は、本当は自分を傷つけられない。だって、それは上映されてる映像だから。
そして次のステップ——席を立って、映写室に行ってみる。
そこには無数のフィルムのリールが保管されてる。上映中のリールを外して、別のリールをセットする。スクリーンに映る物語が変わる。結末が変わる。
これが、目覚めた人の力なんです。
新しい扉の前で
タフティーの教える「現実の仕組み」を知った今、私たちは選択の前に立ってます。
この知識を「へぇ、面白いね」で終わらせて、また眠りに戻ることもできる。あるいは、今この瞬間から目覚める実践を始めて、自分の人生という映画の監督になることもできる。
現在のコマは変えられない。でも、次のコマは選べる。
私たちはもう、ルールを知りました。映画の構造も、永遠の保管庫のことも、気づきの中心点に立つ方法も。
次回【第2部】では、この理解をベースに、タフティーが教える具体的な技法——特に「三つ編み(意図の編み目)」っていう、すごくパワフルな現実創造の方法について見ていきます。
映写室への扉は、今、目の前にあります。
開けるかどうかは、私たち次第。一緒に、次のステップに進んでみませんか?
