地方企業こそ、生成 AI で上場準備が変わる
FinanScope(ファイナンスコープ) 公式 note をご覧いただき、ありがとうございます。株式会社デジタルキューブ 取締役の和田拓馬です。
私は香川県の出身で、香川を出て京都で5年、香港で3年、再び京都で1年働いた後、30歳のときに U ターンして地元に戻りました。帰郷したとき、地方の現状と可能性について新たな視点が生まれると同時に、強い危機感を持ちました。その後、会計・財務の専門知識を活かして事業承継や M&A の支援に携わり、2022年秋にデジタルキューブへ入社。入社と同時に自社の TOKYO PRO Market(TPM)上場準備を CFO として牽引し、2024年10月に上場を果たしています。
都市部と地方、両方の世界を知る立場から、今回はひとつのテーマを深く掘り下げたいと思います。
「生成 AI の恩恵を最も受けるのは、実は地方の中小企業ではないか」
大げさに聞こえるかもしれません。しかし、上場準備という文脈で考えると、明確な根拠があります。地方企業が抱える構造的な課題が、生成 AI の得意領域と驚くほど重なっているからです。
上場準備は「情報集約型の作業」である
まず整理しておきたいのは、上場準備の本質が何かという点です。
上場準備を経験された方ならご存じのとおり、上場準備のプロセスは膨大な「書く仕事」の連続です。規程類の整備、各種申請書類の作成、社内フローの文書化、監査対応資料の準備などなど。管理部門の人数が少ない中小企業では、限られたメンバーで並行して進めなければなりません。
しかも、各書類には「型」があります。上場申請書類には標準フォーマットがあり、規程には業界の慣行があり、開示書類には記載要件がある。「型を知っていれば効率的に書ける」作業が多い一方で、型を知るためには膨大な知識のインプットが必要です。
ここに、東京と地方の決定的な非対称性が生まれます。
地方企業が直面する3つの構造的課題
私が東京と地方の両方で仕事をしてきた経験から言うと、地方企業の上場準備チームが直面する困難は大きく3つに集約されます。
第一の課題「聞ける人がいない」
東京の大手企業に勤める経理・財務担当者は、社内に先輩や同僚が多くいます。わからないことがあればすぐに聞ける環境があり、同業他社の担当者とのネットワークも形成しやすい。しかし地方の中小企業では、管理部門が少人数で構成されていることがほとんどです。上場準備の経験がある人間が社内にいないどころか、周囲に相談できる人がいないケースが珍しくありません。
私がデジタルキューブに入社した当時も、管理部門がゼロの状態からのスタートでした。当社はまだ自分で上場準備の経験を積める立場でしたが、支援する側として多くの地方企業を見ていると、「何かあれば外部のコンサルタントに相談する」以外の選択肢を持てていない企業が多いと感じます。

第二の課題「外部コンサルのコストが重すぎる」
専門的なノウハウを補う手段として、外部コンサルタントの活用は有効です。しかし現実問題として、CFO 候補クラスの専門人材を採用するには年間1,000万円以上のコストがかかり、外部コンサルタントに上場準備の伴走を依頼する場合も費用の規模は同水準です。
東証の資料によれば、TPM 上場企業の売上高の中央値は29.2億円です。売上高30億円前後の企業にとって、年間1,000万円以上の専門家費用は決して軽くありません。専門的な知識を持つ人材を手厚く配置できる大企業と、限られたコストで戦わなければならない地方の中小企業とでは、情報の質と量に根本的な差が生まれます。
第三の課題「情報の入手経路が少ない」
上場審査の最新トレンド、他社の申請書類の書き方、規程整備のベストプラクティスなど、こうした専門情報は、東京のネットワークの中で流通することが多く、地方にいると入手経路が限られます。セミナーや勉強会も東京開催が多く、参加するだけで交通費と宿泊費がかかります。「知っていれば5分でわかる話」を知るために、不釣り合いなコストを払い続けているのが地方企業の実情です。
もちろん、私自身が参加している BAMBOO INCUBATOR のような分野横断型の専門家コミュニティに飛び込む手段もあります。弁護士・公認会計士・税理士・社労士など多様な専門家が集まる場は、地方にいながら質の高い情報に触れられる貴重な環境です。ただ、こうした場への参加は個人単位のアクションであり、企業の管理部門全体の情報収集を組織として解決する手段にはなりにくい側面もあります。
生成 AI は「知識格差の解消装置」である
ここまで述べてきた3つの課題に共通する構造に気づくでしょうか。いずれも「情報・知識・コミュニケーション」の問題であり、お金か人脈があれば解決できる性質のものです。
生成 AI が提供するのは、まさに「情報・知識」への民主的なアクセスです。
「聞ける人がいない」へのアンサー
生成 AI は、上場準備に関する専門的な質問に対して即座に回答できます。「規程の当該条文はどう書くべきか」「申請書類の○○欄はどういう趣旨で何を記載するものか」「ある事項は開示対象になるか」——といった問いに対し、東京の専門家に電話するのとほぼ変わらないクオリティで回答が返ってくる時代になっています。
もちろん最終的な判断は専門家に委ねる必要があります。しかし「たたき台を作る」「論点を整理する」「周辺知識を広げる」という用途では、生成 AI は地方企業の管理部門スタッフの「頼れる相談相手」になり得ます。
私自身、規程のドラフト作成や申請書類のたたき台づくりに生成 AI を使ってきました。ゼロから書き始めるのと、8割出来上がった素材をレビューするのとでは、所要時間がまったく異なります。
「コストが重すぎる」へのアンサー
生成 AI を活用することで、外部コンサルタントに丸投げしていた作業の一部を内製化できます。申請書類のたたき台、規程のドラフト、社内への説明資料など、これらを自社で用意した上で専門家にレビューを依頼するスタイルに転換することで、専門家の関与時間を圧縮し、コストを大幅に下げられます。
当社の FinanScope では、企業の Web サイト情報と上場審査レポートの標準フォーマットを組み合わせ、申請書類の原稿を AI が自動生成する機能を実装しています。複数事業を展開する企業やグループ会社を持つ企業の情報も一括処理できる設計で、これまで数週間かかっていた作業を大幅に短縮できます。
外部コンサルの費用が年間1,000万円だとすれば、ツールと生成 AI の組み合わせで代替できる部分は確実に存在します。「全てを代替できるわけではないが、コストを大幅に抑えながら同水準の準備が可能になる」というのが、現時点での正直な評価です。
「情報の入手経路が少ない」へのアンサー
東証が公表する各種資料、他社の開示書類、業界の最新動向などを読み込み、要点を整理するという作業に生成 AI は非常に向いています。
「東証の資料で重要なポイントはどこか」「申請書類で他社はある項目をどう書いているか」「監査法人が厳しく見るポイントは何か」— こうした問いに対して、生成 AI は地方にいても東京にいても等しく回答します。物理的な距離が、情報格差に直結しなくなりつつあります。
ただし、AI の回答は「疑う」くらいがちょうどいい
3つのアンサーを述べましたが、一点だけ注意を添えておきます。医療の世界でセカンドオピニオンを求めるのと同じ感覚で、AI の回答を少し疑う姿勢が妥当だと思っています。生成 AI は「安全な回答」をしようとする傾向があり、実務的にはもっと踏み込んだ判断が求められる局面でも、どちらともとれる無難な表現や必要以上にセーフティな出力をしてしまいがちです。「AI がこう言っていた」を鵜呑みにせず、最終的には J-Adviser や監査法人など然るべき専門家への確認を挟む。AI は一次情報源ではなく、思考の出発点として使うのが賢明でしょう。
作業は効率化できるが、経営の責任は変わらない
一方で、生成 AI によって「変わらないもの」についても正直に書いておく必要があります。
監査対応は代替できません。監査法人とのやりとりは書類のやり取りではなく、経営者や担当者の姿勢・理解度・誠実さが見られています。証拠書類の正確性、内部統制の実態、予実管理の精度などは AI がいくら優秀でも、経営者と担当者が自分の言葉で説明できなければ乗り越えられない関門です。
内容の最終的な確認も同様です。規程のたたき台を AI が作れても、「自社のビジネスモデルに照らして、当該条文の内容が適切か」という判断は人間の責任です。生成 AI はその判断の質を高めるための道具ではありますが、判断そのものを外注することはできません。
予実管理と経営計画の精度を上げることも、AI の力だけでは難しい面があります。当社の上場準備でも、為替変動への対応や採用計画との整合性確保に最も苦労しました。数字を作るのは人間であり、経営の舵取りを担うのも人間です。
生成 AI は「作業の民主化」をもたらしますが、「経営判断の代替」にはなりません。地方企業の経営者と管理部門の方々には、生成 AI をうまく使いながら、最終的な判断は自分たちで下すという姿勢を持ち続けていただきたいと思います。

FinanScope が目指す方向
私たちが FinanScope を開発した原点は、自社の上場準備で感じた「もっと効率的に準備できる仕組みがあれば」という実感です。
プロジェクト管理・企業価値評価・申請書類作成という3つの機能を組み合わせることで、上場準備の計画立案から申請書類作成まで、一貫したデジタル環境での準備を実現しています。特に AI による申請書類自動生成は、「大量の企業情報を整理して一気にたたき台を作る」という最も時間のかかる作業を、根本から変えるものだと考えています。
もちろん、ツールが全てを解決するわけではありません。J-Adviser や監査法人との連携、経営者自身の覚悟、管理部門の体制づくり —— これらはツールには代替できない要素として残ります。FinanScope はあくまでも上場準備を「効率化する道具」であり、「準備そのものの代わり」ではありません。
それでもなお、「情報・知識・コミュニケーションのコストが下がる」という変化は、地方企業にとって特に大きな意味を持ちます。東京の企業がすでに享受していた水準の情報環境を、地方の中小企業でも手に入れられる時代になりつつあります。
では、何から始めるか
「AI を使う」と決めた後に詰まるのは、たいてい「何に使えばいいかわからない」という壁です。上場準備の文脈で言えば、まず次の3つを「AI に任せる仕事」として試してみることをお勧めします。
規程のたたき台を作る
申請書類の記載趣旨を調べる
東証や監査法人の資料を要約する
いずれも「型を知っていれば効率的に書ける」作業です。逆に、監査法人への説明、予実の根拠を問われる場面、J-Adviser との判断は人間がやる仕事として手放さない。この線引きを最初に決めておくことが、AI 活用を「試して終わり」にしないための一歩です。
おわりに
生成 AI の登場は、地方と都市の情報格差を縮める可能性を持っています。上場準備という、かつては潤沢なリソースと東京の人脈があってこそ乗り越えられた挑戦が、より多くの地方の中小企業にとって現実的な選択肢になりつつある。上場準備のプロセスに、生成 AI は確実に貢献しています。
上場を検討している地方の中小企業の経営者の方々、管理部門の担当者の方々に伝えたいのは、「まず試してほしい」ということです。規程のドラフト、書類のたたき台、疑問点の整理など、小さな使い方から始めて、生成 AI がどこまで使えるかを自分の目で確かめていただきたいと思います。
地方にいながら、東京と対等に上場準備を進める。上場準備の民主化に向けて、私たちも道具と知識の両面から支援を続けていきます。
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