【経済的自立に向けた考え方の癖】その 4 「専門家に盲目の世界」から『自ら分析し、考えたものを信じる世界』へ
専門家の意見は尊重すべきである。
それが時間を買うことになる。
私は若かりし頃、ドクターと呼ばれるダンスの先生に巡り合った。そしてその教えをこい、ドクターのおかげでごく短い期間でダンスの日本ランカーに登りつめることができた。ドクターがいなかったら、同じ頂に登るのに膨大な時間がかかったことであろう。
また、会社では、仙人と(勝手に)呼んでいるメンターに出会った。ことあるごとに仙人から意見をもらって、ごく短い期間に論文で賞をとりまくった。仙人がいなかったら、同じ賞をとるのに膨大な時間がかかったことであろう。
正直私は、ドクターと仙人には盲目であった。自分の意見は言うにしても、お二人の意見は100%正しいと思っていつも聞いていた。そしてそれが私にはよかった。
もし、そういう専門家の人がいるなら、その意見に盲目でもいいかもね、と思っている。
以上、終了。
・・・
やばい、話が終わってしまった。
いいたかったのはそういうことではなかったはず。
そう、主題は経済的自立である。
この世界にも、ドクターや仙人がいればいいんだが、実際どうなんでしょう? 私自身、ずっと探し続けてきたが未だにみつかっていない。
それだけ難度が高い世界なんだろう。(→ "なん"が韻をふんでいて、なんだかおもしろい)
盲目になれる人がいないならどうしたらいいのか?
だったら自分でやればいいじゃん。ないものをねだってもしょうがない。
1つヒントになりそうなのが、有名なワインの話。
ワインの専門家は、一口飲めばワインの品質を評価できるという。
一方、ワインのことを何も知らないデータの専門家は、ワインの品質は、「冬の降雨」「育成期の平均気温」「収穫期の降雨量」で評価できるという。
結果、勝利したのは後者。勝利のポイントは、収穫した時点、まだ味が定まっていない段階で将来の品質を評価できるということ。更にその精度。
経済的自立の世界は、このワインの世界に近いと捉えている。
更にワインの世界とは違い、その方程式はまだできていない。
「自分で分析して、自分の考えたことを信じる。」
それがあなたを経済的自立に近づける。
