小瓶の中のポニーテール
小学校一年生の頃、クラスに教育実習の先生がやって来た。
すらっとして背の高い女性だった。
艶々した黒髪をポニーテールにして、パンツスーツをパリッと着こなす、元気な人。
教育実習生ということは、当時21か22歳ぐらいだったんだと思う。
その溌剌としたフレッシュさに、僕たちはすぐ先生の虜になった。
いつも明るく笑顔で、男子だけでなく女子からも人気があった。
姉もおらず、年上の女性に接したことがほとんどなかった僕にとって、初恋というよりも憧れのような存在だった。
休み時間には、校庭でドッジボールやサッカー、鬼ごっこをして遊んでくれた。
つり目がちな瞳が、笑うとくしゃっと細くなったり、真剣な時にはキリッと鋭くなったりした。
そのくるくる変わる豊かな表情を見ているだけで心が躍った。
教育実習の期間が終わりに近づくにつれ、僕はどうしようもない焦りと寂しさのようなものに苛まれた。
この学校から去ってしまったあと、先生は自分のことなんてすぐに忘れてしまうだろう。
そんな当たり前のことが、なぜか怖くて悲しかった。
そんな折、当時読んでいた子供向け雑誌の「応募者全員プレゼント」の景品が家に届いた。
たぶん当時放送されていた戦隊モノに絡めたものだったように思う。
ドラゴンを模った金色の小さな剣のおもちゃで、瞳の部分には綺麗な赤い宝石が付いていた。
ずっと待ち侘びていたその剣を満足気に眺めては、意味もなく磨いてみたり、机に飾ってみたり、本当に宝物のように扱っていた。
あっという間にお別れの日になった。
給食ルームの椅子に全校児童が座って、前の少し開けたスペースに先生が立っている。
先生は寂しそうな表情でお別れのスピーチをして、皆が温かい拍手を贈った。
お別れのセレモニーが終わって、先生の周りにはたくさんの子供たちが集まる。
皆が思い思いにお別れの言葉を投げかけている。泣いている子もちらほら。
ひとしきりの騒ぎが収まって、先生が一人になったタイミングを見計らい、僕は先生のもとに駆け寄った。
「先生、これ」
徐にポケットからプレゼントを取り出して、先生に手渡した。
あの、宝物のドラゴンの剣だ。
少しびっくりして、先生は言う。
「えっ、これ、大事な物じゃないん?」
ピカピカに磨かれたそれは、側から見ても大切そうなものに見えたのだろう。
「ううん、あげる」
先生は、目尻を下げて、僕の頭を撫で「ありがとう、大事にするね」と言った。
僕は恥ずかしくなって、一目散に友達のもとへ走り去った。
あのとき、僕は僕なりに、自分の持っている一番大切な宝物を先生に贈った。
今になって強く思う。
大切なものを誰かに贈るとき、贈った側にも残るものがある。
空の小瓶に空気を閉じ込めるみたいに、失ったものがあった場所の空白に、目には見えない何かが残る。
時々、ふとした拍子に栓が外れて、懐かしい匂いが鼻を掠める。そして、あの時の思い出が微かに蘇る。
僕は今でも、ポニーテールの女性を見ると、少しドキリとしてしまう。
(1222字)
分析ママさんとこたらさんのこちらの企画に参加させていただきました!書いていて楽しく温かい気持ちになれる素敵な企画でした。ありがとうございました🙇♂️
