名古屋の高級住宅地の秘密ーなぜ八事・南山・白壁・覚王山に惹かれるのか?
愛知県名古屋市は東海地方で最大の都市です。
名古屋には高級住宅地がいくつかあります。
その中でも八事・南山・白壁・覚王山は特に人気のエリアで、一家の城を築きたい人にとっては憧れの場所でもあります。
しかし、本当に価値があるのは土地価格ではありません。
とはいえ、その理由を単に数値やデータでお伝えするのは、芸がないと言いますか、よくあるエリア解説サイトに譲っておきましょう。
確かに、地価が高い。立派な建物が多い。学区が良いなど、どれも事実ですが、この記事では、体感しなければ分からない情緒的な部分について、お話していきたいと思います。
セミの声が聞こえる街
私達フロンヴィルホームズ名古屋は、八事に本社を移して今年でちょうど一年が経ちました。
意気揚々と立派なショールームも建てさせていただきましたが、そろそろ街の風景に溶け込んできたかな、と思う今日この頃です。
というのも、弊社では主に富裕層向けの洋風住宅に特化しているのですが、そうしたお屋敷が点在している町柄ですので、リフォームのご依頼をいただくことがちょくちょく増えてきました。
最近も事務所から歩いて行ける場所でリフォームのご依頼がありましたので、せっかくだからと炎天下の中ではありましたが、健康のためにと、担当チーム全員で重い腰を上げて現場に向かうことにしました。
天気はちょうど梅雨の晴れ間でした。歩いていく中で、湿った土の匂い、そして今年はじめてのセミの声を聞きました。まだ蝉時雨というには早い、ニイニイゼミの遠慮がちな「ジー……」という声。それが、ずいぶん高いところの枝から聞こえてくるんです。
ふと立ち止まり、名古屋の市街地で、セミの声がこんなふうに頭の上から聞こえてくる住宅街が、ほかにどれだけあるだろうかと考えてしまいました。
セミは、造成されたばかりの土地には、なかなか棲みつきません。
土の中で何年もかけて育つ虫ですから、掘り返されたばかりの地面や、植えられたばかりの若い木のそばでは、あの声は生まれないのです。
頭上からセミの声が降ってくるということは、それだけの高さと年月を重ねた木が、庭に、道の両側に、当たり前のように立っているという証しでもあります。
木々が生い茂っている中で、あらためて周りをよく見れば、豪邸が並んでいるのが分かります。敷地は広く、門構えも立派で、建物にも相当のお金がかかっているだろうと想像がつきます。
それなのに、街全体はどこか静かで、落ち着いていて、威圧してこないし、見せびらかしているように感じられません。
通り過ぎるていると、「あ、なんかいいな」「ここで昼下がりにコーヒーでも飲みたいわ」なんて思えるような品の良さが伝わってくるんです。
名古屋に住んでいるので贔屓目はあるにしても、東京のタワーマンションに富裕層が集まる風景とも違うように感じます。
大阪の商いの活気とも違う。この街に漂っているのは、お金の匂いではなくて、たぶん、歴史だったり、住む人の価値観が少し違うように思えるんです。
坂と、カーブと、見え隠れする邸宅

八事や南山は、丘陵の地形を活かして開かれた街です。だから坂が多くて、道はゆるやかにカーブしています。
この「坂」と「カーブ」が、実は安全性にも効果的だと気づきました。
まっすぐな道では、車も自転車も、つい速度が出ます。カーブの続く坂道では、みんな自然とゆっくり走るようになります。
特に登り坂であれば、自転車なんかはスピードを出しようがないですよね。
よく街中では自転車と歩行者や車がぶつかることがありますが、そうした危険性も半分は減るわけです。(もう半分は下り坂なので危険性は減らないかもしれませんね)
なので歩いていても、運転していても、どこか安心していられるのは、そのおかげです。
そしてもうひとつ。曲がった道には「景色が抜ける」という視覚効果がありません。
普通の住宅地なら、視線は前方の車道や、遠くの信号へ逃げていきます。ところが八事の道では、視線の先がゆるやかにカーブしていき、正面に現れるのは、緑が生い茂る立派な邸宅です。
坂をのぼり、道を進むにつれ、その主役が昔のコマ撮り映画のように入れ替わっていくんです。
散歩というよりも、回遊式の庭園を歩いているのに近い感覚かもしれません。
おもしろいのは、これだけ視線を集めながら、どの家も押しつけがましくないことです。
道端に並んで競い合うのではなく、緑の奥に、少し距離を置いて佇んでいる。
だから誇示しているようには感じられず、品の良さとして伝わってくるのだと思います。
きっかけは、あるお客様の一言でした

とはいえ、坂やカーブは、言ってしまえば「仕掛け」の話です。なぜその仕掛けが、これほどの品格を生むのか。腑に落ちたのは、あるお客様の何気ない一言がきっかけでした。
シンガポールで事業を成功させた方が、こんな話をしてくださったんです。
シンガポールの高級住宅地は、なぜあんなに心地いいのか。
最初は、道が整っているから、治安がいいから、その程度に思っていた。
でも何度も滞在するうちに、もっと根っこの理由に気づいた、と。
答えは、木でした。
街路樹の枝ぶり。庭木が落とす影。午後の風の抜け方。窓にこぼれ落ちる木漏れ日。
そのすべてが、まるで何十年も前から計算されていたかのように美しいのです。
あとで調べて知ったそうですが、シンガポールの街には、英国統治の時代から続く「木の成長を前提にした設計」の思想が、いまも生きているのだそうです。
つまりあの街は、完成した姿で設計されたのではなく、50年後の姿から逆算して設計されていた、ということです。
その話を聞いた瞬間、頭の中で、八事の風景とぴたりと重なりました。梅雨の晴れ間に聞いた、あのセミの声も、です。
本物の邸宅は、完成した瞬間が一番美しくない

八事や南山、そして白壁には、大正から昭和のはじめに植えられた木々が、いまも残っています。太い幹と豊かな枝が、街そのものを覆っている。セミが棲みつくほどの木陰が、そこかしこにあります。
家だけが主役なのではありません。街と庭と建築がひとつになって、ゆっくり成熟していく。
じつはこれは、西洋の伝統的な邸宅文化の考え方に、とても近いものです。
そしてここに、多くの方が見落としている事実がひとつあります。
本物の邸宅は、完成した瞬間が、一番美しくない、ということです。
天邪鬼な言い方に聞こえるかもしれませんが、ちょっと考えてみてください。
無垢の木は、使い込むほど艶を増します。
石は、雨風を浴びるほど表情が深くなります。
真鍮は、酸化するほどに黄金色の深みを宿します。
そして庭木は、何年もかけて、ようやく建物に寄り添う姿になります。
本物の素材でつくられた家にとって、時間は「劣化」ではなく、ワインと同じく「熟成」するんです。
10年経てば、素材が馴染んで、風景になる。
20年経てば、庭木が育って、ようやく邸宅としての姿が整う。
30年も経つ頃には、家族の歴史が壁に染み込んで、家は街並みと分かちがたいものになっていくんです。
エルメスの革が、年月とともに美しくなるように。
本物を知る人は、経年変化を恐れません。むしろ、楽しみに待たれています。
だから、名古屋の人々は八事・南山・白壁・覚王山へ惹かれる

ここまで来て、ようやく最初の問いに答えられます。
八事・南山・白壁・覚王山に惹かれるのか、そしてこの街へ還ってきたいと思えるのか。
なぜならこの街が、長い時間を経て育まれた環境だからです。
完成した瞬間だけ美しい家なら、新しく造成された街にも建てられます。でも、10年後、20年後、街並みごと深みを増していく住まいは、時間を味方につけた土地の上にしか成り立ちません。
白壁には、明治・大正の財界人や文化人が築いた邸宅の系譜が、いまも息づいています。
八事には、丘陵の地形が生む奥行きと、長い時間が育てた緑があります。
南山には、世代を超えて受け継がれてきた文教区としての品格があります。
これは、地価という数字では測れないものです。
そして、本当に豊かな人ほど、その違いに気づいている。
だから、見せびらかす豪邸ではなく、静かに品格を携える邸宅を選ぶのだと思います。
この続きを、一冊にまとめました
ここまで読んでくださったあなたは、たぶん、完成写真の美しさだけで家を選ぶ方ではないと思います。
10年後、20年後、30年後の暮らしを、想像できる方。
そういう方のために、小さな冊子をつくりました。
『名古屋の風景論 ── なぜ八事・南山・白壁・覚王山に惹かれるのか』
この記事で触れたのは、ほんの入り口です。冊子の中では、
八事・南山・白壁・覚王山 ── それぞれの街が持つ固有の品格と系譜
時間とともに価値を深める「本物の素材」の世界
庭が、家のおまけではなく、建築の一部である理由
そして、私たちが実際に手がけた邸宅の記録
を、写真とともに、じっくりお話ししています。
家を建てると決める、その前に。本物の邸宅とは何か、一度立ち止まって考えてみたい方へぜひ読んで欲しいです。
▼『名古屋の風景論』を無料でダウンロード
この冊子は、すべての方に向けたものではありません。
でも、時間を味方につける家に、少しでも心が動いたなら。この一冊は、きっとあなたのためのものです。
下記のフォームから、無料でお受け取りいただけます。入力は数十秒で終わります。
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私たちフロンヴィルホームズ名古屋の原点は、大正元年に創業した黒川材木店にあります。100年以上、名古屋の建築と向き合ってきて、確信していることがひとつあります。
良い建築とは、完成した瞬間に評価されるものではない。時間とともに価値を深め、街の風景の一部になって、ようやく真価が問われる、ということです。
名古屋の邸宅文化を、次の100年へ。その入り口に、この一冊をお届けします。
P.S. 冊子を開くと、最初のページに、ある公園の写真が一枚あります。私達が「時間が設計された街」という言葉の意味を理解した、あの風景です。もし読み終えて、八事を歩いてみたくなったら、ぜひ今の季節に。緑の高いところから降ってくるセミの声が、この冊子の続きを話してくれるはずです。
