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除霊師の——さん『Beef Bowl Blues』|ジャンル横断・長編 #せりふ三題噺

”渇き”は全てを狂わせる。

母なる海から浜辺へ、
ひっそりと流れ着いた船の底には、
ただ”渇き”だけが張りついていた。

--海から産まれ、海に還っていく。
では、再び戻ってきたものは何を渇望するのか。


くすんだ金髪で精悍せいかんな顔つきの男が、船のデッキの上で荒れ狂う海を眺めていた。
荒ぶる波が船を何度も揺らし、水飛沫が彼の頬を濡らしていた。

雨足も少し強くなり、少し窮屈そうな黒いTシャツが、彼の肉体に張り付いているのが見えた。

歴戦の猛者のようなオーラが、彼の背中から湯気のように立ち上っていた。

会うたびに彼の身に纏う雰囲気に息をのんでしまう。いまもいつの間にかカラカラに渇いた喉が、水分を求めていた。

私は足元をとられそうになりながら、手摺りにしがみつく。産まれたての子牛のような覚束ない足取りで、ゆっくりと彼に近づいていった。

髪の毛をもう少し纏めてくるべきだったと、
顔に張り付いた濡れた黒髪をうとましく思った。

彼は、そんな私に気づいていなかった。

顔に張り付く髪の毛を手で押さえながら、風に負けないよう声をはりあげ、彼の名を呼んだ。

「----さん。次の仕事入りましたよ」

声に気づいた彼はゆっくりと私の方に振り向いた。
青く澄んだ瞳と少し整えられた無精髭ぶしょうひげに目を奪われる。

彼の手には獲物が握られていた。

デッキブラシだった。

「船倉が終わったら。
俺……牛丼ねぎ多めで食べるんだ」

そう呟きながら、少しポチャっとした厚みのある手で、優しく私の手を引っ張り、静かな船室に入って行った。

彼は五代続いた除霊師の血筋だった。
彼の祖父の代に日本に渡ってきたそうだ。
私の村を拠点にし、5代目の彼を含め一族で
全国の穢れを祓ってきた。

私はそんな彼の仕事を陰ながらサポートしていた。
私も過去に彼に関わった事があるからだ。
あの時の恩義と感謝と淡い思い。

そして、少し濃い彼の端正な顔立ちに惹かれていた。まぁ、それだけではなく彼の仕事ぶりが心配でたまらなかったのだ。

今回の仕事は古くから続く港町からの依頼だった。
街から少し離れた漁村にある日、誰も乗っていない木造の舟が流れ着いた。

浜に打ち上げられた船には、ボロボロになった古い着物と人骨の一部の様なものが、船底にこびりつくように、ただそこにあったそうだ。

船の縁は齧りとられたように、”がじりぃ、がじりぃ”と歯型のような跡が至る所についていたそうだ。

夜の防波堤で釣りをしていた発見者は、釣りの帰りにその船を見つけ、残留物と遺骨らしきものを浜で荼毘だびにふし、簡単な供養を行ったそうだ。

しかし、その後。

彼は胃に穴が空くような謎の空腹感と飢餓感に襲われたそうだ。
喋れなくなる程に喉が渇ききり、固く絞った雑巾を無理やり喉に詰めれているような感覚で気が狂いそうだったらしい。

妻の話では、家に帰ってきた夫は言葉少なく、風呂場に入っていったそうだ。

バシャ、バシャ、バシャと勢いのある水の跳ねる音が響き、風呂の水道の蛇口がめいいっぱい開かれていた。
夫は服のまま浴槽に浸かり、溜まっていく水に頭を突っ込むようにして、水をむさぼっていた。
時折、咳き込むようになりながらも、そのすべてを飲み込もうとしていたのだと語っていた。

異様な光景に理解が追いつかず、近くに住んでいた夫の両親に連絡し、どうにか布団に寝かしつけたそうだ。

その夜、ふと目を覚ました妻は、隣で寝ていたはずの夫が見当たらなかったことに気づいたという。

昼間の異常な様子が胸に残っていて、何ともいえない悪い予感と、夫の変わっていく姿に恐怖を感じ、温かい布団からしばらく抜け出せなかったらしい。

階下から、湿った咀嚼音が寝室まで響いていた。
ガジッ、ガジッ、ガジュッ……
その音を聞いた瞬間、彼女は足の裏が冷えていくのを感じた。
「多分……彼だ」
その思いが、自然と足が階段に向かわせたそうだ。

ギシィィ、ギッ。

普段は気にならない階段の小さな軋みが、やけに耳に大きく聞こえた。足先から足の付け根まで冷たい感覚が這い上がってくるようだったと、妻は言った。

一段下がるごとに、冬の冷たい海に一歩ずつ踏み入れていくようで、足元の感覚がなくなっていくのが怖かったと語っていた。

リビングには明かりは灯っておらず、部屋の隅に白く淡い光と、背中が目に入ってきたそうだ。

見知らぬ背中ではなかった。

赤や茶、濃い緑、紅色ーー

食べかけの食品や、赤と黄色のパッケージが床に貼り付つき、足の踏み場もなかった。
彼女は、その光景を思い出すように声を落として語っていた。

家にある全ての食料を貪り食べ、保存食にまで手をつけ、最後には冷蔵庫の中の紅生姜にまで手をつけていたらしい。

夫の異常な行動にただ恐怖を感じ、離れたところから見守る事しかできなかったと、涙ながらに語っていた。

夫の腹は異様に膨れあがり、いまにも石榴ざくろのように張り裂け、赤いものが飛び出してしまうのではないかと思ったと、夫の写真を私に見せながら、彼女の長い睫毛が震えていた。

夫のはち切れんばかりの腹が目に入ったとき。
「次のメタボ診断通るかなぁ……」
そんな馬鹿みたいな考えが頭を巡ったそうだ。

全てを食べ尽くし、台所に座り込んだ夫が虚な表情で何度も、何度も、その言葉だけを口から吐き出していたらしい。
悲しそうに繰り返していたと、

「ぎゅ…う、ぎゅ…どぅぅ。
ねぇぎぃぃ…ずぅギィ……」

ギーィ、ギーィ、ギィ

外からロープが軋む様な物哀しい音が、暗く狭い船室にまで染み出すように聞こえてきた。

下から覗きこむように彼の顔を見上げ、依頼者と会ったときの話を彼に伝えた。

話を聞きながら、ある言葉に金色の眉を少しだけ動かした。そして、長い睫毛を休ませるようにしばらく目を瞑っていた。

「なんか思いあたることあったの?」

私の言葉に「あぁ」と短い返事を返すと、揺れる戸棚から透明なガラス瓶を取り出した。

透明な液体で満たされた瓶には、親指の先くらいの小さな植物がギッチリと詰め込まれていた。爆弾を解体しているのかと思うほど慎重に、瓶の蓋を少し緩めて匂いを嗅いでいた。

私のところまで匂いが漂ってくる。

海の生臭い匂さと、甘さのなかに少し鼻につく刺激的な匂いが、私の肺をゆっくりと満たし、気がつくと口の中がしっとりと湿っていた。なぜだか、腹の底から欲望が溢れだし、小瓶から目を逸らせなくなった。

彼は小瓶を棚に戻しながら、私の顔をじっと眺めてきた。
「ん?」と声を出し、彼の顔を見た。

「この件が無事に終わったら、聞いて欲しいことがある」

そんな言葉をさらっと伝えられ、思わず身構える。
少し心臓がドクンとはねた。

「なに?いま言ってよ。
どうせ碌な事じゃないんでしょ?」
少しうわずったような声で軽口を返した。

しかし、彼は儀式の準備をいつも以上に真剣な顔で行っていた。
集中して聞こえていないと言わんばかりに、清め塩を慎重に皿に盛っていた。

私はモヤモヤした気持ちのまま、彼の作業を見守った。

彼は手にした清め塩を余った温かいご飯にパラパラと振りかけ、聞き取れないような声で短い言葉を発し、両手を合わせて、何かの準備をしていた。

視線を一瞬、白い天井に向けた。

そして、眉の間を指で押さえ、不満の様な憤りのような深いため息を漏らし、胸に抱えた感情を空に向けて吐き出していた。


「あぁ…長ぇ。まだ、はじまらないのか」


船が依頼者の街に向け、静かに帆を膨らませていた。海風だけが答えを知っていた。

*****

彼との仕事は船で全国を回ることが多い。
車や新幹線を使った方が速いと話した事があった。

「一族のルーツを感じるから、
これがいいんだ」

少しく潤んだ青い目で海を見つめ、手に持ったプロテインバーをかじりながら、そう話してくれた事があった。

『海は全てのルーツだ。
結局、最後に還っていくんだ』

そんな言葉が印象的だった。

数日後、依頼者である妻とようやく会うことができた。改めて、奥さんに彼を紹介した。

少し時間はかかったが、無駄に船できた訳じゃない。

彼は揺れる船内で除霊に向けた準備を進めていたのだ。狭い船内で筋トレをして、身体を絞っていた。デッキブラシを使い船を掃除しながら、清掃動作の中でさえ、肉体を鍛えていたのだ。

はち切れんばかりの大胸筋。薄っすらと脂肪のついたプロレスラーのような腹筋が目に入る。
鍛えあげた全てが、取り込んだものを封じ込める拘束具になる。

彼から立ち上る野生の男の匂いに少したじろいだ。なのに彼の熱を帯びた男の匂いを嫌いになれない自分が少し悔しかった。
だが、彼の身体から放たれるオーラが、除霊に向けて全て整ったことを教えてくれていた。

例の浜辺に依頼者夫婦を連れてきた。
浜辺の前の道路には白い大きなフードトラックが止まっていた。

営業用発電機のエンジン音が静かな浜辺にドドドドドドッ!と鳴り響いていた。私はトラックの窓を強くノックした。

中からリーゼントで髪を固めた、黒い革製のライダースジャケットを着こんだ男が顔を出した。
彼の風貌と同じくサングラスの形が尖っている。
その黒い瞳の先には依頼者夫婦と金髪の彼がいた。

彼の名前は、トサカのジョニー。”何でも屋”だ。
本名は頑なに教えてくれない。
「曲がったことは…大嫌いだ」なんて硬派なセリフを時々口にしては、気に入らない奴を飲み屋で殴り倒すような人だ。
彼にいろんな手配を頼み、除霊の手伝いをしてもらっている。

「----ちゃん。用意はできてるぜ」

周囲に甘い匂いが漂っていた。
海とは似つかわしくないが、どこか懐かしく。
消えてしまった母を思い出すような、そんな匂いがする…。

彼はジョニーに向かって、持ってきたウィスキーを放り投げた。
「全部終わったら、一杯やろうぜ!」
ジョニーは「こんな安酒じゃ、割が合わねぇ」と呟いていた。

浜辺の少し湿った砂が足元を掴むように纏わりついてくるようだ。
異様な雰囲気のする気配が、私にも直ぐにわかった。

私たちは、砂を嚙むようにして足を下ろしては、
一歩ずつ木造船に近づいて行った。

異様な気配を纏ったまま、
船はまだそこにあった。

フジツボや小さな貝類が、船底に蠢くように貼りつき、ときおり触角を出しては何かを食べようとしていた。

「いまから、旦那さんと俺はこの船で、
もう一度海にでる。身替えの儀式をする」

そう言って、何かを食べ続けている旦那さんの上半身を裸にし、彼も上着を脱いだ。

旦那さんの腹は異様に膨れ上がったままだった。
腹の皮膚の下にはどす黒い静脈が浮きだし、
痛々しさと死がそこにあった。

彼は裸のままで、旦那さんを前から力ずよく抱きしめた。逃れようとする旦那さんを、彼の屈強な腕が力強くも優しく包み込んでいた。

はち切れそうなお腹と鍛え上げられたお腹が”ぷにゅ“と重なった。

そのとき、ぬるい海風が私たちの方に吹いてきた。
魚の腐ったような、死んだ海の様な匂い。

そのとき、彼はジョニーに声をかけた。
「いまだ、押してくれ」

その一言で、ジョニーは力ずよく船を押しだした。砂と海の境目で、泡を含んだ冷たい海水と湿った砂が辺りに飛び散る。

ライダースジャケットが濡れるのも気にせず、
尖った革靴を海に思いっきり突っ込んだ。
砂浜から海へ船を戻した。

もちろん、私も奥さんもジョニーの横で
力を振り絞って船を押した。

海に戻った船はしばらく沖の方に向かって引き潮とともに流されていった。そのとき、海に飲み込まれるように、船が横転した。

「----!」

私は彼の名前を叫んだ。
そして、助けるため海に駆け寄ろうとした。

ジョニーの細く、力強い腕がそれを阻む。

「大丈夫だ。見てろ」

そういうと、彼と旦那さんが仄暗く底の見えない海に沈んでいくのが、浜辺でも見えた。

泡と共に、吐き出された空気のようなものが、
ゴボゴボと暗い海の底から浮き上がっていくのが見えた。

その数分間が、何時間にも思えた。

彼はぐったりとしたままの旦那さんを肩に抱え、
浜辺に倒れこむようにして戻ってきた。

心配になって、駆け寄ろうとする。
力強い彼の声が浜辺に響き渡る。

「俺に触るな。儀式は上手くいった」

そう言って、旦那さんを浜辺に寝かし、
ジョニーに声をかけた。

「待たせたな。悪いが準備を始めてくれ」

その一言を聞いたジョニーは、キッチンカーから、
食欲がわくような、湯気が立ち上っている大盛りの牛丼を持ってきた。

椅子をひき、白いテーブルの前に座る彼。
目の前には大盛りの牛丼。

「さぁ、これが最後に食いたかったんだろ」
「喉も乾いて、腹も減って苦しかったな。
俺が最後まで付き合ってやる」

そういって割り箸を割り、牛丼をかきこんだ。
太陽の光でうっすらと金色に光る口もとが、
やけに神々しかった。

「次」

何度目かのお替りを彼のテーブルに持っていく。

最初は余裕そうな顔をして食べていたのに、
十杯目を過ぎたころに、少し額に脂汗が滲みだし、彼の箸のスピードが落ちているのがわかった。

人の未練とはこんなにも重いものなのかと、
机に積みあがっていく空のどんぶりをキッチンカーに戻していた。

潮風が彼の金色の髪の毛を揺らす。牛丼の脂でグロスを塗ったように彼の唇が輝いていた。
めかましくもあり、同時に生きていく罪深さのように思えた。

彼が牛丼を食べるたびに、少しずつだが依頼者の旦那さんに変化があった。妊婦のように張りつめていたお腹が、ほんの少しだけ小さくなっていた。

彼がおもむろに短い言葉を発した。
「”つゆだく”で」
「次、紅ショウガで」

ジョニーに手渡された特盛の牛丼の上に紅ショウガを乗せる。
まるで深紅のベールがかれているルビーのようなどんぶりのようだ。

私は思わず、生唾を飲んだ。
だが。これを食べる彼にとっては、
血の塊のように見えたかもしれない。

彼は”つゆだく”を飲むようにかきこんだ後、”紅”に手をつけた。

私は必死に牛丼を口にする彼をみて、
止まったら死ぬんだなと、なぜか涙が溢れた。

彼は手と口を動かし続けたままで、
青い瞳で私を見つめていた。

『俺のこと、わかってるよな』
そう目で語りかけるように。

私は砂浜の砂に何度も足をとられながら、
転がるようにして彼が求めるものに駆け寄った。

船で準備していたあの小瓶だ。小瓶の表面を汗の様な水の粒がびっしりと覆っていた。

手に取ると思ったよりも冷たい、
思わず落としそうになる。

震える手で中身を溢れさせないよう
慎重に瓶の蓋を開けた。

あの甘酸っぱくも刺激的な香りが、
海の死臭を”ツーン”と切り裂いていく。

これは彼にとっての希望だった。

「次、準備してくれ」
「その”らっきょ”を死ぬほどつけてくれ」

これは何度目だろうか、
彼とキッチンカーの間を往復したのは。

彼のお腹は鍛えあげられた筋肉がしだいに、
臓腑の膨らみを抑え込めなくなっていた。

シックスパックの腹筋も、いまでは見る影もない。

取り込んだ”渇き”が、彼の内側から彼を食い破ろうとしているようだった。ボディビルの大会出場者のように上半身が湿り気のある黒い光で覆われていた。

彼の青い目は、全てを受け入れようと
血走っていた。

何度もやめて欲しいと口にしてしまった。
それでも彼は、「俺がこんなので死ぬわけないだろ」
なんて軽口を返してくれた。

そんなやり取りを二人でしていた。

最初は彼の孤独な戦いを息を呑んで見守っていた依頼者も、目の前で繰り返される光景と、
夫が回復してきた様子に慣れてきたのか、
緊張の糸が切れたように、
飽きたような顔をして欠伸を噛み殺していた。

砂浜に横付けされたキッチンカーの周りに集まった、カラスと黒猫が、彼の様子をジーっと見つめていた。

準備をしているジョニーも、
暑いキッチンカーの中で牛丼を作り続けていた。

クールぶった顔をしているが、
彼のリーゼントが崩れそうになるほど、
頭から汗をかき、湯気が立ち上っていた。

真っ赤に燃え上がる炎の前で、
何度も鍋をふる。
鍋を掴む腕は小刻みに震えていた。

そして、鍋からこぼれ落ちた半透明の破片が、
ヒルのように彼の手に貼りつき、やけどの跡が
赤く滲んで痛々しかった。

「お前の全力はそんなものか!」そう叫び、
動かなくなってきた腕を片方の拳で何度も何度も殴りつけた。

そして、私を安心させるようにサングラスの隙間から可愛らしい目を見せてくれた。

牛丼をかきこむ音
鍋を振る音
少し向こうで荒ぶる波の音だけが
この場を支配していた。

旦那さんのお腹が、ほぼ普通に戻っていった。
少しぽっちゃりした顔だったので、
ほぼ正常だろう。

ジョニーが彼に向かって絶望した声で叫ぶ、
「すまねぇ、もう次で最後だ」

その声がみんなの耳に届いた瞬間、
旦那さんの震える唇から、あの声が聞こえてきた。

「ネぇギィィ…、ずぅ…ぎぃぃ」

哀しそうな、まだ満たされていないような
生を渇望するような声。

私はジョニーから受け取った熱い思いを
彼の元に届けた。

「かなり重いけど、大丈夫?」

私は限界だと感じ、
本当は彼にこれを渡したくなかった。

でも、彼はそんな優しさ、
いや弱さすら受け入れるように、
汗で貼りついた金色の髪の毛を耳にかき上げ、

泣きだしそうな顔の私に向かって、
綺麗な瞳でウィンクをした。

私も昔あの目に助けられた。

人の”何か”を包み込んで離さない、
あの深い海のような青色の目。

彼は最後のメガ特盛の牛丼を見ながら、
しんどそうに深く息を吐いた。

身体を上下左右に大きく動かしながら、
旦那さんの方に向いて、息を整えながら、
少し力を抜いたように語りかけた。

「ごめんな。最後まで付き合ってやりたいが、
俺ももう、ここまでみたいだ。
お前が最後まで望んでいた”ねぎ”を死ぬほど
食わせてやるから、これで最後にしてくれ」

私は泣きながら、隣に山盛りに準備してあった
”ねぎ”の塊をメガ盛り牛丼にのせた。

いや、もはや牛丼ではないのかもしれない。

砂漠の中で一本の針を探そうと、
途方にくれるような感情。

”ねぎ”の海に、牛丼が沈んでいくように見えた。

そこからは、記憶がなかった。

遠くで叫ぶジョニーの声、
奥さんの安心したような泣き声、
そして、彼の満足そうなため息と笑顔。

机に崩れ落ちる彼の音。

彼の身体から、スーッと”何か”が抜けていった。
そう”抜け落ちた”と誰もが気づいた。

空、いや”海”に旅立っていくのがわかった。

皆の胸にあの声が響く。

本当に本当に悲しそうで、
満足したのに、どこか切なく、
すこし恨めしいような声が耳元で囁いた。

「ネギィィ、ヌギィ、ぬきぃ。
何度もいっだのにぃィ、ネギ嫌ィ…」



全てが終わった。
還っていったのだと、そう誰もが実感していた。

言葉少なく、顔を見合わせる。

少し気まずそうな顔をした依頼者が、
「ありがとうございました」と告げ、
ジョニーと旦那さんの元に駆けだした。

ジョニーもやり切った顔をしながら、
乱れたリーゼントを何もなかったように
コームで整えていた。

ジョニーの足元に黒猫の親子がすり寄っていた。
彼は「なんだ、ネコか」なんて言いながら、
小さな子猫を抱え上げてキッチンカーの方に歩いて行った。

私は満足そうな顔をして眠っている彼の顔をみた。
そして、自分の長い髪をかき上げ隠れるようにキスをした。

夜になり、ジョニーのキッチンカーの赤く光るブレーキランプを彼と二人で見送った。

私は彼に問いかけた。

「”アレ”は満足できたのかな。
満たされたのかな」

彼は腹をさすりながら、暗い海の方を見つめ、流れてくる波の音に耳を傾けていた。
海に映る月を眺めながら、彼は呟いた。

「悲しいときも、嬉しいときでも。
どんなに全て満たされたと思っていたときも。
次の日には腹が減る」

そう言い残すと自分の船の方に歩き出した。

私はその後を追いかける。

そんな私の気配を感じたのか、
彼はゆっくり振り返って、
その場に立ち止まった。

とっても大事なことを
私に伝えたい。

そんな目をしていた。



「次はニンニク増し増し、ネギ多め、
背脂たっぷりの依頼を探してきてくれ」



私は、”こいつ”らしいと思いながら、
心の声が溢れ出た。


「バカ…。それじゃ、脂肪フラグじゃん」


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▼今週のお題
■セリフ
「ねぎ多めで」
■三題
・牛丼
・金髪
・デッキ
▼投稿ルール
投稿締切(任意):2026年5月14日(木)23:59
ハッシュタグ「#せりふ三題噺」「#牛丼金髪デッキ」をつけて投稿

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