ないものは作る 外伝4「代理——その椅子の重さは、座ってみないとわからない」
大場さんが、入院した。
僕がセキュリティ部門に移って、まだ間もない頃だ。宮野は、まだいない。部門には、大場さんと、三島と、僕。その大場さんが、ある日、体を壊して、しばらく現場を離れることになった。
タイミングが、悪かった。
ちょうど、取引先による工場の監査が、控えていたのだ。
うちは、自動車部品を作る工場だ。部品を納める先は、もっと大きなメーカーだ。そして、大きなメーカーというのは、自分たちのサプライチェーンに連なる工場が、きちんとした体制で操業しているかを、定期的に確認しにくる。
監査の範囲は、広い。製品の品質管理はもちろん、労働環境、製造環境、そして——情報セキュリティ。図面や、取引のデータや、個人情報。そういったものを、サプライヤーがちゃんと守れているか。取引先は、それを点検しにくる。
「工場が、なぜ情報セキュリティを?」と思う人もいるかもしれない。部品を削ったり組み立てたりする現場と、情報セキュリティは、結びつかないように見える。でも、現代の製造業は、設計データのかたまりだ。取引先の機密情報を預かり、図面をやり取りし、不良品が出れば個人を特定できる記録も扱う。それが漏れれば、取引そのものが飛ぶ。だから、大きなメーカーは、部品工場にも、相応のセキュリティ体制を求めてくる。
その監査の対応を、ずっと一人でやってきたのが、大場さんだった。
そして、その大場さんが、監査を前にして、いなくなった。
残されたのは、三島と、僕だった。
「二人で、分けてやるしかないですね」
三島は、いつもの穏やかな口調で、そう言った。穏やかだが、有無を言わせない調子だった。やるしかない、というのは、その通りだった。やる人間が、他にいない。
僕たちは、大場さんの仕事を、二人で分担することにした。
ところがーー分けてみて、僕は青ざめた。
多いのだ。とにかく、量が。
大場さんが一人でやっていた監査対応は、僕が思っていたよりも、はるかに広く、はるかに深かった。労働環境の資料、製造環境の記録、情報セキュリティのエビデンス。取引先が見たがるであろう項目を、一つひとつ揃えていく。それを、大場さんは、一人で抱えていた。
二人で分けても、まだ、重かった。一人分を二人で割ったはずなのに、一人当たりの負荷が、軽くならない。それくらい、大場さんが背負っていたものは、大きかった。
頭では、大場さんがいろいろやっていることは、知っていた。でも、「知っている」のと、「引き受ける」のは、まるで違った。その椅子に、実際に座ってみて、初めて、座面の重さがわかる。大場さんは、こんなに重いものを、平然とした顔で、一人で支えていたのか。
毎日一時間、僕は大場さんの話を聞かされてきた。「無知の知を知れ」と、そう説かれてきた。でも、その講義は、まだ途中だった。受け取りきっていなかった。教わっている最中に、教える人が、いなくなった。
そして、もっと困ったことがあった。
やり方は、わかる。何をすればいいかは、見てきたから、わかる。資料を揃え、記録を整え、監査の場に臨む。その手順は、頭に入っている。
でもーー監査の場で、取引先に対して、何を、どう話せばいいのか。それが、わからなかった。
引き継ぎが、なかったのだ。
大場さんしか、やっていなかった。だから、引き継ぎ書もなければ、手順書もない。大場さんが、取引先とどういう関係を築き、どの話題をどう切り出し、どこを強調して、どこをやんわり流してきたのか。それは、どこにも、記録されていなかった。全部、大場さんの頭の中にあった。
技術や手順は、見ていれば盗める。でも、その人にしかない、長年の勘や、相手との呼吸ーーそういうものは、盗めない。記録にも残っていないし、教わる時間も、足りなかった。
監査の場で、僕は、立ち往生しそうになった。何をどう話せば、この監査が『うまくいく』のか。その正解が、僕にはわからなかった。
だから、僕はーー正直に、実態を話すことにした。
取り繕う術を、僕は持っていなかった。大場さんのように、うまく見せる話し方を、知らなかった。だったら、もう、ありのままを話すしかない。これはできています、これはまだ途中です、ここは課題として認識していますーーと。良いことも、悪いことも、隠さずに。
三島も、同じ方針だった。穏やかに、しかし正直に、実態を述べた。
監査は、なんとか終わった。大事には、ならなかった。正直に話したことが、かえって誠実さとして受け取られたのかもしれない。あるいは、ただ運が良かっただけかもしれない。
そして、大場さんが、復帰した。
退院して、現場に戻ってきた大場さんはーーなんだか、大変そうだった。
最初は、なぜだろう、と思った。僕たちは、監査をちゃんと乗り切った。穴を開けずに、守りきった。なのに、大場さんは、復帰してから、やけに忙しそうにしている。取引先と、何やら細かいやり取りを、しきりにしている。
しばらくして、僕は、薄々気づいた。
ーー大場さん、下駄を履かせてたんじゃないか。
取引先に対して、大場さんは、たぶん、実態よりも少しだけ、良く見せる調整をしていた。できていないことを、「できる方向で進めています」と言い換える。角が立ちそうなところを、やんわりと包む。長年の関係の中で、絶妙なさじ加減で、バランスを取ってきた。
そこに、僕たちが、ずかずかと正直に踏み込んで、「これはまだできていません」「ここは課題です」と、ありのままを並べてしまった。
大場さんが、何年もかけて履かせてきた下駄を、僕たちは、知らずに脱がせてしまったのだ。
だから、復帰した大場さんは、その後始末に追われていた。正直に晒された実態と、これまで保ってきた体面との、帳尻を合わせるために。
ーー人の機微に鈍い、というのは、こういうことだ。僕は、登用試験の一般常識で派手に転んだことがある。専門は満点に近いのに、当たり前の気配りが、すっぽり抜けている。大場さんの繊細な政治的配慮を、僕は、まるで理解していなかった。だから、正直に話すことが、誰かの苦労を台無しにするとは、思いもしなかった。
笑い話だ。でも、僕は、今でもこう思っている。
下駄を履かせるのが、必ずしも正しいとは、思わない。
あの監査から、僕は、二つのことを学んだ。
一つは、替えがきかない人間の、重さだ。
大場さんが一人で抱えていたものを、二人で分けても、まだ重かった。その椅子に座ってみるまで、僕は、大場さんの仕事の本当の重さを、知らなかった。「知っている」と「引き受ける」は、違う。人は、その人の不在を引き受けて、初めて、その人の大きさを知る。
ーーそして今、僕は、その椅子に、一人で座っている。大場さんがいなくなった後、僕は、彼が一人で抱えていたものを、引き継いだ。たぶん今度は、いつか誰かが、僕の椅子に座って、「これを一人で支えていたのか」と、青ざめる番なのだろう。あるいはーー誰も座らないまま、椅子だけが、空くのかもしれない。
もう一つは、記録のことだ。
大場さんのやり方が、もし、どこかに記録されていたら。引き継ぎ書の一枚でもあったら。僕たちは、あんなに立ち往生せずに済んだ。取引先との呼吸も、強調すべき点も、流すべき点も、書いてあれば、引き継げた。
でも、記録は、なかった。大場さんの頭の中にしか、なかった。
その人が抜けたら、全部が消える。やってきたことすら、引き継げない。記録に残っていないことは、その人がいなくなった瞬間に、なかったことになる。
ーー後に僕が、何をやるにも記録を残すようになったのは、半分は、この監査のせいかもしれない。やったことを、形に残す。次の誰かが、引き継げるように。僕が立ち往生したあの場所に、次の人を、立たせないために。
もっともーー僕自身が、本当に全部を記録に残せているかは、心もとない。気づけば、いろいろなことが、僕の頭の中にしかない。メールのことも、契約のことも、あの工場の癖も。
人のことは、言えないのだ。やっぱり。
