一瞬と一生:オオムラサキとの夏
暑い夏の朝、森の中でオオムラサキと出会った日のことをまとめました。
本記事は、Jxivに公開した短報ノート(DOI: 10.51094/jxiv.1535)に基づく観察記録です。
オオムラサキと初めての出会い
コナラの森の中、樹液が多く出ている1本のコナラにカナブンやスズメバチが群がっていた。その中で大きく羽根を開いていたのはオオムラサキのメスだった。コガネムシと小競り合いをしながら樹液を吸う姿に、目を疑った。何度も「オオムラサキ」だよねと問いながらカメラのシャッターを切った。
ふとメスの姿が消えた。メスは樹液の出る木から離れ、近くの樹液が出ていない木へ飛んで行ってしまった。
ほんの一瞬の出逢いだったのかという思いが頭を過った。行かないでと願うと、メスは少し戻っては離れる行動を繰り返す。
人を惑わす悩ましいチョウなのかと気を取り直して樹液の木を振り返ると、そこには青く輝く羽根のオスがいた。そしてメスがオスの傍らにすっと留った。惑わす相手は私ではなく、後ろにいたオスだった。
始まりは「オオムラサキ越冬幼虫観察会」
オオムラサキ越冬幼虫観察会」に誘われたのは2月のことだった。参加して初めて、落葉したエノキの葉で冬眠する幼虫がいることを知った。しかも3種類の幼虫が眠っている可能性があるとのこと。オオムラサキ、ゴマダラチョウ、アカボシゴマダラの幼虫と成虫の写真を見せてもらった。ゴマダラチョウ、アカボシゴマダラの成虫はフィールドで見たことがあった。しかし、オオムラサキとは出逢ったことがない。こんなに色鮮やかで大きなチョウと何故出逢わなかったのか不思議だった。オオムラサキを見たことのある人の話によるとバッサバッサと豪快に飛ぶチョウだという。
この観察会に参加して急激にオオムラサキへの興味が沸き、野生下で見たいと思った。
下調べと計画
まずはオオムラサキの生息場所を近隣で絞った。幼虫を見つけた場所、過去に目撃情報があった場所の中から、自転車で30分以内の2か所に絞り込んだ。週に1~2回通えると出逢いのチャンスが増えるはずだ。
羽化して成虫にならないと初心者には探せない。成虫の時期はネットで調べた6月下旬~8月上旬にした。
昆虫に詳しい人の話を聞くと、かつては里山で普通に見られたが、今はほぼ見つからないと言う。そして、見つけるポイントが人それぞれ違う。
樹液の出る木に蜜を吸いに来る
エノキの幼木の葉に卵を産み付けることが多い
木の高いところを飛んでいる
オスは縄張りを持ち、オス同士で喧嘩をする
晴れた日を好む
これらの情報を元に、場所探しのため5月下旬からフィールドに出て、樹液の出る木=コナラなどドングリの木、エノキの幼木を探していた。コナラの木が多い場所は容易にみつかったが、エノキの幼木は見つからなかった。
6月下旬から重点的に廻る場所はコナラの森、晴れた日の午前中に探すことにした。
イメージトレーニングの飼育下の観察会
出来ることなら生きたオオムラサキが飛ぶ姿を見たいと思った。
近隣でオオムラサキ観察会を毎年行っている施設があり、毎年応募していた。しかしながら大変人気が高く、4年連続で落選していた。
「オオムラサキ越冬幼虫観察会」に参加する前もオオムラサキの情報を持っていたにも関わらず情けないと思いつつ、応募した結果、見事に当選した。
観察会は数本のエノキの木の周辺にネットを張り、その中に100頭以上のオオムラサキが舞っていた。ネットの高さは3~4mくらいだろうか。ひらひらと舞う姿に、野生下で見つけることの難しさを痛感した。チョウとしては大きくダイナミックに飛ぶが、羽根の裏側が葉と同じ緑色なのだ。樹高約10m以上あるコナラの上を飛ぶ姿を探すのは極めて難しいと感じた。
6月下旬のことだった。
どうしたらオオムラサキと出逢えるか
本格的なオオムラサキ探しを前に飼育下の観察会は心が折れかけていた。実際に樹液の出る木で見つけても、上を見上げてもチョウの姿は見つからない。朝がダメなら夕方に出かけてみたこともあった。それでもチョウの姿は無く、猛暑日が続くと他の昆虫や鳥たちの姿も声も減ってきた。
シーズンが終わるまでは、出逢えない日も含めてデータになり、来年以降のための貯金と思うことにした。
越冬幼虫をみたからこそ必ず近くに生息していると自信が持てた気がする。
オオムラサキからのギフト
7月30日、オオムラサキと出逢えるチャンスは今年は今日が最後かもしれないと思いながら越冬幼虫を見つけたフィールドに出かけた。今年がダメなら来年もある。数年越しに出逢えた動植物はいくらでもあったと諦めムードで歩いていた。
人が通らない山道で蜘蛛の巣が何度も顔にぶつかった。
そしてついに出逢ったオオムラサキのメス。続いてオスの姿もあり、ツーショットを写真に納めることができた。


興奮した、最高のギフトをありがとうと叫びたかった。
淡々と樹液を吸うオオムラサキのメスの近くを陣取るオスの姿を見て、ふと思った。こんなに近くにオスとメスがいたら交尾が始まってもおかしくない。オスは常にメスの背後に回り込んでいる。メスはオスを気にする素振りもするが、カナブンたちと樹液の出る場所の取り合いに熱中している。
交尾なんて簡単に始まらないと視線を落とした瞬間に、オオムラサキが羽根をバタバタさせる音が鳴り響き、地面に接合したオオムラサキ2頭が落ちた。
接合したままメスが羽根をバタつかせている。オスはしっかりと羽根を閉じたままメスと繋がっていた。

地面で暴れては休みの繰り返しだった。15分以上も続いていた。交尾はどのくらい時間が掛かるのかネットで調べてみた。短くても4~5時間、長ければ10~20時間もかかるそうだ。
この日も30℃超えの暑い日だった。持参した水も底をついていたため、一旦、家に帰ることにした。帰ってからもオオムラサキが気になっていた。森の中にはオオムラサキを捕食する鳥や哺乳類もいるはずだ。あんなに音を立てて暴れていたら、見つかってしまうのではないか、人が来て知らずに踏まれてしまうのではないか、様々な不安が頭をよぎった。戻ってオオムラサキの姿を確かめないと後悔すると思い、再び森へ戻った。
朝に見たばかりの場所なのに、とても遠く感じた。特にオオムラサキのいた場所に近づいた時は、地面にまだ接合した彼らがいたら踏まないようにと恐る恐る歩いていた。
樹液の出ている木に到着すると、オオムラサキのメスが樹液を吸っていた。「無事に終わったのかな。お疲れ様」と声を掛けていた。その上を動くものが目に入った。オオムラサキのオスだった。朝に会ったカップルではないだろうか。再び感動が押し寄せてきた。
1週間後、もう一度確認のため、同じ場所に行ってみた。もうオオムラサキと会うことはなかった。いつも静かな森の中に樹液を求めて甲虫が集い、その近くにカマキリが待機していた。
オオムラサキの動画
短報ノートへの導線
本記事の観察内容は、現地での記録データをもとに整理し、
行動や時間帯、個体の特徴などを詳細にまとめた短報ノートとして公開しました。
以下のリンクから、研究記録(プレプリント版)をご覧いただけます。
🔗 一瞬と一生:オオムラサキの夏 — 短報ノート(Jxiv)
現場で感じた「一瞬」を、記録という「形」に残すことで、
次の観察や他の地域での比較研究にもつながると考えています。
次回予告・シリーズ案内
この観察記録は、季節ごとの生きものの出会いを記録するシリーズの一部です。
今後は「一期一会」、「季節のひとこま」や「気配の中で」など、観察データと記録写真を交えながら少しずつ公開していく予定です。
一度きりの出会いの中にある、生態の手がかりを。
そして、自然と人との距離をもう一度見つめ直すために。
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