金比羅歌舞伎は、新しい世界を開く窓だった。
4月、香川県琴平町の旧金毘羅大芝居、通称・金丸座へ「四国こんぴら歌舞伎大芝居」を観に行きました。

歌舞伎に詳しかったわけではありません。むしろ、私はほとんど初心者でした。それでも行ってみたいと思ったのは、『鷺娘』が上演されると知ったからです。映画・国宝の影響もあり、あの有名な舞踊を一度、舞台で観てみたいと思いました。
最初の目的は、とても単純でした。
『鷺娘』を観たい。
金丸座で歌舞伎を観てみたい。
そのくらいの気持ちで、私は4月22日の第二部を観に出かけました。
金丸座に入る前から、特別な日だった
金丸座の前には、すでにたくさんの人が集まっていました。
赤い提灯、歌舞伎役者さんの名前が入ったのぼり、木造の芝居小屋。そこに観客が集まり、開場を待っているだけで、気持ちが少し浮き立ちます。
この日は、劇場に入る前からもう、ただの日常ではありませんでした。琴平の町全体が、歌舞伎の期間だけの特別な空気をまとっているようでした。
観光地としてのこんぴらさんには、これまでも触れてきました。けれど、金比羅歌舞伎の時期の琴平は、また少し違います。日本人の観劇客が金丸座へ向かい、町には海外からの観光客も歩いています。昔からの芝居小屋と、今の観光のにぎわいが、同じ場所に重なっていました。
入場のときには、着物姿のボランティアガイドさんが席まで案内してくださいました。大きな劇場でチケットを見せて自分で席を探すのとは違い、人に導かれて木造の芝居小屋の中へ入っていく。その時点で、もう少し心をつかまれていたのだと思います。
木造の芝居小屋で観るということ
金丸座の中に入ると、まず建物そのものに圧倒されました。
舞台、花道、客席、天井、提灯。現代の劇場とはまったく違う近さがあります。
美しい。けれど同時に、古い建物ならではのもろさや、はかなさも感じます。ところが演目が始まると、そのはかなさは不安ではなく、居心地のよさに変わっていきました。
ここは、長い時間、人が集まり、笑い、泣き、芝居を観てきた場所なのだ。そう思うと、少し背筋が伸びるような、でも懐かしいような、不思議な気持ちになりました。


歌舞伎は、静かに正解を探しながら観るものというより、人が集まって、笑い、驚き、息をのむものなのかもしれません。
『鷺娘』を観に来たはずだった
第二部の演目は、『妹背山婦女庭訓 三笠山御殿』と『鷺娘』でした。
もともと私が観たかったのは『鷺娘』です。けれど実際に金丸座で観て、思いがけず深く残ったのは、その前に上演された『妹背山婦女庭訓 三笠山御殿』でした。
物語の中では、恋人のもとを訪ねた女性が、女中たちにいじめられます。その場面はかなりコミカルで、客席にも笑いが起きます。けれど物語は、そのまま笑いでは終わりません。終盤、その女性は恋人のために身を犠牲にし、命を落としてしまいます。
先ほどまで笑いを誘っていた場面が、あとから別の重さを帯びてくる。その落差が、とても強く心に残りました。
現代の感覚で見ると、戸惑う部分もあります。身分差、女性の献身、いじめの描写。今なら、そのまま新作として描くことは難しい題材かもしれません。
けれど舞台の上では、それがただ古い価値観として置かれているわけではありませんでした。役者さんたちの身体、声、間合いによって、人間の滑稽さや残酷さ、そして切なさが立ち上がってきます。
古典芸能を見るというのは、昔の価値観に無批判に浸ることではないのだと思いました。むしろ、今の自分なら引っかかる部分も含めて、長い時間を生き残ってきた物語と向き合うことなのかもしれません。
ものがなしい『鷺娘』の余韻
そのあとに続いたのが、坂東新悟さんの『鷺娘』でした。
『三笠山御殿』で、笑いと残酷さ、女性の哀しさを見たあとだったからこそ、白い鷺の精が恋の妄執と孤独をまといながら舞う姿が、より深く迫ってきました。
美しい。けれど、ただ美しいだけではありません。
華やかで、繊細で、切ない。金丸座の空間の中で観る『鷺娘』は、どこか夢のようで、同時にひどく寂しいものでした。

「ああ、観に来てよかった」
そう思いました。けれど、それで終わりませんでした。
もう一度、金丸座へ
観劇後にパンフレットを読み返すと、第一部の演目が第二部とはまったく違う味わいのものだとわかりました。
第一部は、『傾城反魂香 土佐将監閑居の場』と『身替座禅』。人情の物語と、浮気な夫をめぐるコミカルな話です。
第二部で観た世界が、濃密で切なく美しいものだったとすれば、第一部にはもっと人情や笑いがありそうでした。
パンフレットを買っておいてよかった。
そして、ちゃんと読んで観るものなのだと、思い知りました。
その感覚は、昨年観た高橋大輔さん主演のアイスショー「氷艶」にも通じました。岡山の桃太郎伝説や、うらじゃのエピソードをヒントにした作品で、難解。
美しい。
迫力もある。
でも、背景を知らないまま観ると、受け取れるものに限界がある。
歌舞伎も同じなのでしょう。
ただ座って観るだけでも届くものはある。
でも、背景や演目の意味を少し読んでおくと、舞台の奥行きが一気に増す。
そうして私は、急遽、4月25日の朝公演も観に行くことにしました。
2回目は、琴平駅近くの駐車場に車を停め、参道を歩いて金丸座へ向かいました。


新緑の中に、役者さんの名前が入ったのぼりが並びます。途中で金陵の郷にも立ち寄りました。大きな楠の緑が美しく、劇場へ向かう道のりそのものが、観劇の一部になっていました。

金丸座で芝居を観るというのは、劇場の中だけで完結する体験ではありません。町を歩く。のぼりを見る。古い酒蔵のそばを通る。新緑の下を歩いて、芝居小屋へ向かう。その全部が、観劇の時間に含まれていました。
笑いも、歌舞伎だった
2回目の席は、前から二番目でした。


役者さんの熱が、そのまま届いてきます。表情、息づかい、身体の動き。舞台が近いというのは、単に「よく見える」ということではありませんでした。
第一部の『傾城反魂香』では、人情の温かさが印象に残りました。そして『身替座禅』では、客席に何度も笑いが起きました。
歌舞伎には、こんな笑いもあるのか。
古典芸能というと、どうしても重厚で、難しくて、きちんと理解しなければいけないもののように感じてしまいます。けれど、客席が笑い、役者さんのやりとりに反応する時間は、とても人間くさくて温かいものでした。
歌舞伎は、美しいだけではありません。悲しいだけでもありません。笑いも、欲も、ずるさも、情けなさもあります。それが舞台の上で洗練されて、今の観客にも届く形になっている。そこに、すごさを感じました。
市川男寅さんのまっすぐさ
第一部の『傾城反魂香』で、修理之介を演じていた市川男寅さん。
修理之介は、若く、純粋で、まっすぐな青年として登場する。
その役どころが、私が市川男寅さんに抱いている印象と重なった。
後で知ったことだが、公演期間中、男寅さんは琴平小学校で特別授業も行っていたという。
子どもたちに歌舞伎の歴史を伝えたり、立ち回りを見せたり、見得を切る体験を一緒にしたりしていたそうだ。
その話を知ってから舞台を思い返すと、修理之介のまっすぐさが、よりあたたかく感じられた。
金丸座の舞台に立つ若い役者さんが、同じ期間に町の子どもたちへ歌舞伎を手渡している。
その姿を想像すると、金比羅歌舞伎は、ただその年限りの公演として消えていくものではなく、町の中で受け継がれていく文化なのだと思えた。
古い芝居小屋で古典を演じること。
その一方で、子どもたちに向けて歌舞伎をひらいていくこと。
男寅さんの修理之介には、そうした若い世代の明るさや、これから先へつながっていく感じも重なって見えた。
幕間のお弁当も、観劇の一部だった
2回目の朝公演では、金丸座でお弁当も購入しました。

幕間に食べるお弁当は、ただの昼食ではありません。木造の芝居小屋で、舞台の余韻を残したままお弁当を開く。それだけで、「私はいま、歌舞伎を観に来ているんだ」という実感が深まります。
舞台を観る。パンフレットを読む。町を歩く。幕間にお弁当を食べる。
その全部がつながって、金比羅歌舞伎という一日になるのだと思いました。


高松に泊まって、琴平へ出かける旅もいい
今回の体験を通して、香川の旅は「有名な観光地をめぐる」だけではないのだと感じました。
琴平の町を歩き、金丸座で芝居を観て、幕間にお弁当を食べる。そんな一日は、旅の記憶として深く残ります。
香川でゆっくり滞在するなら、高松市のゲストハウス FD+room を拠点にするのもおすすめです。FD+roomは、アートや讃岐うどん、のどかな自然だけでなく、讃岐の日常に近い魅力を感じられる場所にある宿です。白を基調とした個室、清潔なシャワールーム、共有リビングがあり、観光の拠点としても、静かに過ごす滞在先としても心地よく使えます。
高松方面に泊まり、日中は琴平へ。夜は宿に戻って、観劇の余韻をゆっくり味わう。そんな香川旅も、とても豊かだと思います。
金比羅歌舞伎を観るまでは、歌舞伎はどこか遠いものでした。
でも金丸座で二度観劇して、少し考えが変わりました。全部をわかっていなくても、届くものがあります。役者さんの声、身体、間合い。客席の笑い。木造の芝居小屋の空気。町の人たちが支える行事としての温かさ。
金比羅歌舞伎は、私にとって新しい世界を開く窓でした。
一度の観劇で何かをわかった気になるのではなく、これから少しずつ、何度も出会い直していきたい。
来年もまた、金丸座へ行きたい。
そしてその前に8月、今度は歌舞伎座の納涼歌舞伎にも行ってみたいと思います。
