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世界の偉人シリーズ|第29話 江副浩正 リクルート創業者 日本の人材・情報産業を創った男

世の中には、
商品を作る人がいる。
工場を作る人がいる。
店舗を作る人がいる。

しかし、

「出会いの仕組みを作った人」

は少ない。

企業は人材を探している。
学生は就職先を探している。
家主は入居者を探している。
受験生は学校を探している。

しかし、
必要としている者同士が出会えない。
彼は、その不思議な現象に強い違和感を持った。
そして人生をかけて、

「情報で人と機会を結ぶ仕組み」

を作り続けたのである。


江副浩正
情報流通産業を創った男。
1936-2013|リクルート創業者。


【なぜ世の中はこんなに不便なのか】

1936年、鹿児島県に生まれる。
父は海軍軍人だった。
戦後、家族は東京へ移り住む。

幼い頃から江副は少し変わっていた。
商品そのものより、
仕組みに興味を持った。

なぜこうなっているのか。
なぜみんな当たり前だと思っているのか。
常に疑問を持っていた。

後年、

「私は世の中の不便を探すのが好きだった」

と語っている。


【東大で見つけた違和感】

東京大学教育学部へ進学する。
そこで彼はある光景を見る。

学生はアルバイトを探している。
企業は学生を採用したい。
しかし両者を結ぶ情報が存在しない。

今では信じられないが、
当時は求人情報を探すこと自体が難しかった。
江副は考える。

企業は人が欲しい。
学生は仕事が欲しい。

だったら情報をまとめればいい。

この違和感こそが、
後のリクルートの原点だった。


【リクルート誕生】

1960年、大学新聞の広告営業をしていた江副は、
企業の求人広告を集めた冊子を発行する。
これが後のリクルートになる。

当時の多くの起業家は、

商品を作った。
工場を建てた。
店舗を増やした。

しかし江副は違った。
彼が扱ったのは、
モノではなく情報だった。


【情報の非対称性をなくしたい】

江副の思想は極めてシンプルだった。

企業は知っている。
学生は知らない。
家主は知っている。
借主は知らない。
大学は知っている。
受験生は知らない。

この情報格差が、
世の中の不便を生んでいる。

だったら、
情報を整理し、必要な人へ届ければいい。

この発想から、

求人情報誌
住宅情報誌
進学情報誌
旅行情報誌
結婚情報サービス
中古車情報サービス

が次々と生まれていく。


【優秀な人材が採れない】

創業当初のリクルートは無名企業だった。

優秀な学生は大企業へ行く。
銀行へ行く。
商社へ行く。

リクルートへは来ない。
江副は自分を天才だと思っていなかった。

むしろ、自分は平凡だと思っていた。
だからこそ、優秀な人材が必要だった。

そこで彼は常識を疑う。
当時はまだ男女雇用均等法もない時代。

女性は総合職になれない。
在日の人々も採用で不利だった。

しかし江副は考えた。
能力があるのに採用されない人がいる。
だったら採用すればいい。

彼は高学歴女性や在日の人材を積極採用した。
目的は理念ではない。
合理性だった。
優秀な人材が欲しかったのである。


【まずやってみろ】

江副は会議が嫌いだった。
長い議論より市場を見ろ。

社員が新規事業を提案すると、
詳細な計画書を求めない。
まず試せ。

と言う。
理由は単純だった。

市場は会議室の外にある。
だからリクルートでは、
失敗が許される。

しかし挑戦しないことは許されない。
この文化が後のリクルートを作った。


【自ら機会を創り出し】

リクルートには有名な言葉がある。

「自ら機会を創り出し機会によって自らを変えよ」

これは社訓ではない。
江副自身の人生観だった。

20代で事業責任者。
30代で子会社社長。
独立も歓迎。

社員が辞めると、
「頑張れ」と送り出した。

その結果、
リクルートは経営者養成学校
と呼ばれるようになる。

後に、
藤田晋
南壮一郎
など多くの起業家を輩出した。


【安比高原という夢】

江副は猛烈なスキー愛好家だった。
ヨーロッパのリゾートを訪れた際、
大きな衝撃を受ける。

スキー場
ホテル
ゴルフ場
レストラン
ショッピング施設

全てが一体化していた。
日本にも作れないか、そう考えた。
そして岩手県に、安比高原を開発する。

多くの人は無謀だと思った。
しかし江副には確信があった。
人が集まる場所には価値が生まれる。

実はこれは、
求人情報誌と同じ発想だった。

人と企業を結ぶ。
人と学校を結ぶ。
人と住宅を結ぶ。

そして、

人と場所を結ぶ。
江副の頭の中では全て同じだったのである。


【リクルート事件】

1988年、リクルート事件が発覚する。
戦後最大級の政治スキャンダルとなった。
江副は退任し、後に有罪判決が確定する。

一方で、この事件については今も評価が分かれる。
当時の政財官の慣行の中で、
江副は標的にされたのではないか。
時代の犠牲者だったのではないか。

という見方もある。
しかし確かなことが一つある。

事件によって、
彼の功績まで消えるわけではない。


【江副が見ていた未来】

1980年代、まだインターネットは登場していない。
スマートフォンもない。
GoogleもAmazonも存在しない。

しかし江副は既に、

・求人情報
・住宅情報
・進学情報
・旅行情報

を一箇所に集め、
必要な人へ届ける仕組みを作ろうとしていた。

つまり彼が作ろうとしていたのは、
「情報の流通インフラ」だったのである。

実際、後年になって広がる

・求人サイト
・住宅ポータル
・旅行予約サイト
・マッチングサービス

の多くは、
リクルートが紙媒体で作ったモデルの延長線上にある。
さらに興味深いのは、
後にAmazonを創業するジェフ・ベゾスが、
若き日にリクルートグループ企業で働いていたことである。

ベゾスは直接の部下ではないにせよ、
リクルートが持っていた

・情報を集める
・整理する
・必要な人へ届ける

という思想に触れていた。
Amazonは本を売る会社ではなかった。
情報を整理する会社だった。

リクルートも求人広告会社ではなかった。
情報を流通させる会社だった。
両者には不思議な共通点がある。

江副は「日本のベゾス」ではない。
年代順に見ればむしろ逆である。

彼は、インターネット時代のプラットフォーム思想を、
紙の時代に実現しようとしていた先駆者だったのである。


【戦っていた相手】

江副浩正が戦っていたのは、
他の求人会社ではない。
本当に戦っていたのは、

・情報不足
・情報格差
・出会えない仕組み
・学歴や年功による固定観念
・挑戦を嫌う組織文化
・人生の選択肢不足

だった。

彼は求人広告を作りたかったのではない。
人と機会が出会う仕組みを作りたかったのである。


【これは戦略だったのか】

結果だけ見れば、リクルートという会社の成功譚。
しかし彼の行動には一貫した型がある。

彼は常に、
「なぜ必要としている者同士が出会えないのか」
を考えていた。

だから商品を作ったのではない。
人と機会が出会う場所を作ったのだ。

世の中の不便を発見する

情報格差を見つける

情報を整理する

必要な人へ届ける

選択肢が増える

新しい市場が生まれる

人の行動が変わる

社会の仕組みになる

さらに、

若手へ権限を渡す

挑戦文化が生まれる

新規事業が生まれる

起業家が育つ

社会へ広がる

つまり江副は、
商品を売っていたのではない。
機会を設計していたのである。


【まとめ】

江副浩正は、
求人広告会社を作った人ではない。
情報流通産業を作った人だった。

工場も持たない。
資源も持たない。
機械も作らない。

しかし彼は、

情報の力で人と人を結び、
新しい市場を生み出した。

企業と学生。
学校と受験生。
家主と借主。
人と仕事。
人と場所。

その全てを結び付けた。
彼が発明したのは商品ではない。

「人生の選択肢そのもの」

だったのである。


次回予告


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