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世界の偉人シリーズ|第28話 藤田 田 日本マクドナルド創業者・食文化を翻訳した男

世の中には、
飲食店を作った人は数多くいる。
しかし、

「外食を仕組みに変えた人」

は少ない。

彼は料理人ではない。
シェフでもない。
食品メーカーでもない。

それでも彼が持ち込んだ仕組みは、
現在の日本人の食生活を大きく変えた。

マクドナルド。

今では当たり前の存在である。
しかし彼が本当に日本へ持ち込んだのは、
ハンバーガーではなく、

「再現可能な外食システム」

だったのである。


藤田 田
外食産業を工業化した男。
1926-2004|日本マクドナルド創業者。


【言葉と情報に魅せられた少年】

1926年、大阪に生まれる。
戦前から戦後にかけての激動期を生きた。

多くの人が物資不足に目を向ける中、
藤田が興味を持ったのは別のものだった。
言葉である。

特に英語だった。
戦後、アメリカが世界最大の経済大国になる中で、
彼は気付いていた。

日本の未来を考えるなら、
アメリカを理解しなければならない。

多くの人が商品を見る。
しかし藤田は違った。

仕組みを見る。
文化を見る。
ビジネスモデルを見る。

若い頃から彼は、

「成功とは再現可能な構造である」

と考えていたのである。


【アメリカで見つけた巨大な違和感】

戦後、藤田はアメリカ企業との取引を通じて、
数多くのビジネスモデルを観察する。

その中で彼が衝撃を受けたのが、
ファストフードだった。

安い
早い
どこで食べても同じ

当時の日本では考えられない。
飲食店は職人の世界だった。

店ごとに味が違う。
料理人によって品質が変わる。
提供時間も一定ではない。

しかしアメリカでは違った。

商品は標準化され、
オペレーションも標準化されていた。

藤田は考える。
これは飲食業ではない。
工業だ。


【マクドナルドとの出会い】

やがて藤田はマクドナルドに注目する。
しかし彼が見ていたのは、ハンバーガーではない。
店舗運営だった。

誰が作っても同じ品質。
誰が働いても同じサービス。
誰が店舗を運営しても同じ利益構造。

つまり、
人に依存しない仕組みである。

藤田は確信する。
日本にも必ず必要になる。


【銀座一号店】

1971年、
日本マクドナルド第一号店が銀座に誕生する。
立地は銀座三越。

当時としては大胆な選択だった。
しかし藤田には計算があった。

銀座には情報が集まる。
人が集まる。
流行が生まれる。

つまり、全国へ波及する起点になる。

彼は店舗を出したのではない。
文化を発信する場所を作ったのである。


【ハンバーガーを売っていたのではない】

藤田には有名な考え方がある。
人間の味覚は幼少期に形成される。
10歳までに食べた味が、生涯の味覚基準になると考えていた。

だから重要なのは、今日の売上ではない。
未来の顧客である。

子どもがハンバーガーを食べる。
それが当たり前になる。
すると大人になっても食べる。
さらに自分の子どもを連れてくる。

つまり、

食習慣そのものを作る

という発想だった。
ここが藤田田の凄さである。
彼は商品を売っていたのではない。
味覚の基準を作ろうとしていた。


【ハッピーセットは会社にとってもハッピーセットだった】

後にマクドナルドは、
子ども向け施策を次々に展開する。

ハッピーセット。
誕生日会。
遊戯施設。

一見すると子ども向けサービスに見える。
しかし本質は違う。

子どもは一人では来ない。
親と来る。
祖父母と来る。
兄弟と来る。

つまり、

一人の子どもが複数人の来店を生む。
さらに子ども時代の楽しい記憶は残る。

誕生日会をした店。
遊んだ店。
家族で来た店。

その記憶は将来の来店動機になる。
藤田はハンバーガーを売っていたのではない。
思い出を作っていたのである。


【価格は心理で決まる】

藤田は商品だけではなく、
価格にも異常なほどこだわった。
なぜなら彼は、

「人は理論で買うのではなく、気分で買う」

と考えていたからである。
彼はよく、

「価格は経済学ではなく心理学だ」

と語っている。
多くの経営者は原価から価格を考える。
しかし藤田は違った。

人は合理的に買い物をしているように見える。
だが実際には、

数字の印象

で判断していると考えていた。
その象徴が、

「78対22の法則」

である。
藤田は著書の中で、
世の中の多くの現象は78対22で構成されていると語っている。

売上
顧客
利益
様々なものに偏りが存在する

そしてこの考え方は、
価格設計にも応用された。
有名なのが390円セットである。

500円玉で支払う。
すると、
390円(78%)

お釣り110円(22%)

になる。
藤田はこの比率が、
人間にとって違和感の少ない比率だと考えた。

重要なのは、
10円安くすることではない。

人が迷わず買えること。
納得して払えること。
覚えやすいこと。

だった。
さらにセット販売にも同じ思想がある。

単品を比較させるのではない。
セットにする。
選択肢を減らす。
判断時間を短くする。

つまり藤田は、価格を決めていたのではない。
人間の行動を設計していたのである。

ハンバーガーを食べる。
ハッピーセットを買う。
390円セットを選ぶ。

その全ての裏には、
「人はどう判断するのか」
という藤田の観察があった。

彼は商品を売っていたのではない。
意思決定そのものを設計していたのである。


【なぜ成功したのか】

藤田は外食産業を見ていなかった。
生活構造を見ていた。

都市化が進む。
共働きが増える。
時間が不足する。

すると人は、

安く
早く
確実に

食べられる仕組みを求める。
彼は未来を予測した。
だから成功した。


【なぜ藤田田は大失敗しなかったのか】

藤田には派手な倒産危機がない。
しかし苦労は多い。
最大の壁は、日本人の常識だった。

当時の日本は米文化である。
パン食はまだ少ない。
ハンバーガーは異文化だった。

さらに、

ジャンクフードではないか。
栄養的に問題ではないか。

という批判もあった。
しかし藤田は感情で反論しない。
数字で考える。

利用者数を見る。
回転率を見る。
客単価を見る。

常にデータで判断した。
また、アメリカ式をそのまま持ち込むこともしなかった。

日本人スタッフ。
日本の接客文化。
日本の都市構造。

それらに合わせて再設計した。
ここが重要である。

彼はコピーしたのではなく、翻訳したのである。


【戦っていた相手】

藤田が戦っていたのは、
他の飲食店ではない。
本当に戦っていたのは、

・職人依存の飲食構造
・品質のばらつき
・非効率な店舗運営
・時間不足社会
・日本人の固定観念
・再現性のない経営

だった。

彼はハンバーガーを広めたかったのではない。
効率的な外食インフラを作りたかったのである。


【これは戦略だったのか】

結果だけ見れば、日本マクドナルド成功譚。
しかしその中には一貫した型がある。

海外の成功モデルを見る

構造を理解する

日本市場へ翻訳する

標準化する

店舗を増やす

習慣を作る

文化になる

さらに、

子どもに来店してもらう

家族が来る

思い出が残る

習慣になる

大人になっても来る

次世代へ継承される

つまり藤田は、

商品を売る

顧客を作る

ではなく、

習慣を作る

市場を作る

という構造で考えていたのである。


【まとめ】

藤田田は料理人ではなかった。
経営者だった。
翻訳者だった。
設計者だった。

彼が日本へ持ち込んだのは、

ハンバーガーではない。
外食の工業化。
再現可能な店舗運営。

そして、

「食を効率化する仕組み」

だった。

多くの人はマクドナルドを見る。
しかし藤田が見ていたのは、
その先にある社会だった。

時間が不足する社会。
共働きが増える社会。
効率が求められる社会。

彼はその未来を先に見ていた。
藤田は、
ハンバーガーを売った男ではない。

外食を翻訳し、
日本の日常へ組み込んだ男だったのである。


次回予告


世界の偉人シリーズ|第29話 江副浩正
リクルート創業者


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