世界の偉人シリーズ|第26話 松本 清 マツモトキヨシ創業者・生活者の不便を仕組みで解決した男
世の中には、薬を売った人は数多くいる。
しかし、
「薬を誰でも買える仕組み」
を作った人は少ない。
彼は、製薬会社を作ったわけではない。
医者でもない。
発明家でもない。
それでも彼が作った仕組みは、
現在、日本中に広がっている。
マツモトキヨシ
全国どこでも見かけるドラッグストアである。
しかし彼が本当に作ったのは、
ドラッグストアではない。
「生活者の不便を解決する仕組み」
だったのである。
松本 清
ドラッグストア産業の原型を作った男。
松戸市長。
1909-1973|マツモトキヨシ創業者
【貧困と不便の中で育つ】
1909年、松本清は千葉県で生まれた。
当時の日本では、
病気になっても十分な治療を受けられない人が多かった。
薬は高価だった。
今のように気軽に買えるものではない。
地域によっては薬局すら少ない。
彼は若い頃から、
医療格差
生活の不便
地域格差
を目の当たりにして育った。
そして一つの疑問を持つ。
なぜ薬はこんなに高いのか。
なぜ必要な人に届かないのか。
【薬剤師として見た現実】
薬剤師になった松本は、
業界の中へ入る。
そこで見たのは、
製薬会社
↓
卸
↓
問屋
↓
薬局
↓
消費者
という複雑な流通構造だった。
途中に多くの業者が入る。
その結果、
価格は高くなる。
消費者には価格が見えない。
松本は違和感を持った。
薬は贅沢品ではない。
生活必需品だ。
ならばもっと安く、
もっと身近であるべきではないか。
【1円薬局という発想】
そこで彼が始めたのが、
低価格販売だった。
当時としては異例である。
利益を大きく取るのではない。
価格を下げる。
その代わりに回転率を上げる。
今なら当たり前の考え方だが、
当時の薬業界では革命だった。
多くの薬局が、
利益重視だった時代に、
松本は
利用者重視
で考えたのである。
【薬局ではなく生活インフラへ】
やがて松本は気付く。
人は薬だけを買いに来るわけではない。
日用品も必要だ。
化粧品も必要だ。
生活用品も必要だ。
ならば全部まとめて提供すればいい。
薬局
↓
生活用品
↓
日用品
↓
総合店舗
へと発想が広がる。
現在のドラッグストアの原型である。
彼は薬局を作っていたのではない。
生活者の利便性を作っていたのである。
【猿を店頭に置いた男】
松本らしさを象徴する有名な逸話がある。
彼は薬局の店頭で猿を飼った。
一見すると奇抜な話に聞こえる。
しかし松本が考えていたのは、猿ではない。
どうすれば人が来るのか。
どうすれば店を覚えてもらえるのか。
どうすれば地域で話題になるのか。
その一点だった。
当時の町の薬局に、今のような広告費はない。
テレビCMも打てない。
新聞広告ですら限界がある。
ならば、人が思わず立ち止まる理由を作ればいい。
そう考えた松本は、店頭に猿を置いた。
しかし、ここで終わらないのが松本である。
子供たちが猿を見に集まるようになると、
事故やトラブルを防ぐため、
「子供だけで来るのではなく、保護者同伴で来るように」
と近隣の学校へ協力を依頼した。
すると子供たちは親と一緒に店へ来る。
親は薬局へ立ち寄る。
店を知る。
商品を見る。
そして薬を買う。
ところが当時の松本薬局は、
資金力が乏しく十分な在庫を持てなかった。
人気商品はすぐに売り切れてしまう。
そこで松本は考える。
お客さんに頼み込み、
薬の外箱を譲ってもらったのである。
そして箱を棚に並べた。
もちろん中身は入っていない。
しかし来店した人には、
「これだけの商品を扱っている店だ」
ということが伝わる。
今で言えば、
ショールームやサンプル展示の発想に近い。
ここに松本という男の本質がある。
猿を置いたことが凄いのではない。
集客を考えた。
お金がかからない話題性を考えた。
地域との関係を考えた。
在庫不足という制約対応をも考えた。
そして、それらを同時に実行した。
松本は広告を考えていたのではない。
人の流れを設計していたのだ。
子供たちは猿を見に来る。
親も一緒に来る。
地域で話題になる。
店を覚えてもらう。
ついでに薬も買う。
その一連の流れそのものが、
松本にとってのマーケティングだった。
後にドラッグストアという巨大な業態を生み出す男は、
すでにこの時から、
「人が動く仕組み」
を作っていたのである。
【市長になっても変わらなかった】
松本は後に松戸市長になる。
しかし考え方は変わらない。
市役所へ入ると、すぐに違和感を持った。
市民が困っている。
しかし対応が遅い。
担当部署が分からない。
たらい回しにされる。
そこで作ったのが、
「すぐやる課」
だった。
【すぐやる課】
理念は単純だった。
すぐやらなければならないものは、すぐやる。
道路の穴
側溝の破損
蜂の巣
動物の死骸
市民が困っているなら、まず動く。
担当部署を探すのは後でいい。
これは当時としては異例だった。
しかし松本にとっては自然だった。
薬局でも同じことをやっていたからである。
生活者が困る。
↓
現場を見る。
↓
すぐ対応する。
↓
信頼を得る。
この構造は全く同じだった。
【なぜ成功したのか】
松本は、薬が好きだったわけではない。
行政が好きだったわけでもない。
彼が好きだったのは、
問題解決だった。
薬局も。
ドラッグストアも。
市役所も。
全ては手段だった。
目的は一つ。
生活者の不便をなくすこと。
だから彼の事業は広がったのである。
しかし、その道は決して平坦ではなかった。
【なぜ大失敗しなかったのか】
松本には、倒産寸前のような大失敗がない。
松下幸之助のような資金ショートもない。
中内功のような巨額赤字もない。
堤清二のような組織崩壊もない。
だからといって、
順風満帆だったわけではない。
むしろ彼の人生は、
小さな摩擦との戦いの連続
だった。
最初の壁は、薬業界そのものだった。
当時の薬業界は、
卸
↓
薬局
↓
消費者
という構造で成り立っていた。
価格は事実上固定され、安売りは歓迎されない。
そんな中で松本は、
「薬は生活必需品である」
と考えた。
だから安く売った。
すると当然ながら反発が起きる。
卸との関係は悪化する。
仕入れ条件は厳しくなる。
業界の中で浮いた存在になった。
しかし松本は引かなかった。
なぜなら彼が見ていたのは、
薬業界ではなく生活者だったからである。
もう一つの苦労は、
低価格経営そのものだった。
薄利多売は聞こえはいい。
しかし実際は、
売れ続けることが前提である。
止まれば苦しい。
在庫が積み上がる。
資金が詰まる。
特に創業初期は、
現在のようなチェーンストア理論もない。
松本は常に、
どう回転率を上げるかを考え続けていた。
猿の話も、
すぐやる課も、
その延長線上にある。
彼は商品を売ろうとしていたのではない。
人の流れを作ろうとしていたのである。
さらに当時は、
安い薬そのものが疑われた。
現代なら安いことは歓迎される。
しかし当時は違う。
安い薬は危ない。
品質が悪いのではないか。
そんな声が少なくなかった。
松本は価格だけで勝負しなかった。
信頼も同時に積み上げた。
薬剤師として相談に乗る。
地域と関係を作る。
行政とも連携する。
だから安売りが成立した。
単なる価格破壊ではない。
信頼構築とセットだったのである。
市長になってからも同じだった。
有名な「すぐやる課」。
今では当たり前のように語られる。
しかし当時の役所から見れば異端だった。
役所は担当部署で動く。
ところが松本は言った。
「市民には担当部署など関係ない」
困っている人がいる。
ならばすぐやる。
極めて単純だ。
しかし単純だからこそ、既存組織と衝突した。
縦割り行政
前例主義
予算配分
あらゆる抵抗があった。
それでも松本は押し切った。
なぜなら彼は、
役所の都合ではなく、
生活者の不便
を見ていたからである。
そして成功した後も、別の問題が生まれる。
組織の拡大だ。
店が増える。
人が増える。
地域が増える。
すると創業者の考えは薄まっていく。
現場感覚は失われる。
どの企業もここで苦しむ。
松本も例外ではなかった。
しかし彼は最後まで、
現場を見ることを重視した。
数字より現場
会議室より店頭
これが松本清という人物だった。
松本の人生は、
何度も転んで立ち上がった英雄譚ではない。
むしろ逆である。
大きく転ばないように、
小さな問題をすぐに解決し続けた人生だった。
だから彼は、
「すぐやる課」
を作った。
実はあれは行政改革ではない。
松本自身の人生哲学だったのだ。
【戦っていた相手】
松本が戦っていたのは、
他の薬局ではない。
本当に戦っていたのは、
・高すぎる薬価構造
・不透明な流通
・医療アクセス格差
・行政の縦割り
・生活者の不便
・行動の遅い組織
だった。
彼は薬を売りたかったのではない。
不便をなくしたかったのである。
【これは戦略だったのか】
結果だけ見れば、マツモトキヨシ成功譚。
しかし中には、極めて強い型がある。
生活者の不便を見つける
↓
現場へ行く
↓
原因を探す
↓
仕組みを作る
↓
利用者を増やす
↓
信頼を得る
↓
地域インフラになる
さらに、
薬を安くする
↓
来店者が増える
↓
生活用品を置く
↓
来店頻度が増える
↓
生活インフラになる
↓
チェーン展開する
そして行政でも、
困りごとを聞く
↓
すぐ動く
↓
現場で解決する
↓
信頼が生まれる
↓
支持が集まる
↓
地域が発展する
全て同じ構造だった。
【まとめ】
松本清が作ったのは、薬局ではない。
ドラッグストアでもない。
ましてや市役所改革でもない。
彼が作ったのは、
「生活者の不便を解決する仕組み」
だった。
薬を安くする。
すぐやる課を作る。
猿を店頭に置く。
一見すると全く違う話に見える。
しかし根底にある思想は同じである。
どうすれば人が助かるか。
どうすれば便利になるか。
どうすればすぐ解決できるか。
松本は、薬屋ではなかった。
行政家でもなかった。
生活者の困りごとを仕組みで解決した男だったのである。
次回予告
世界の偉人シリーズ|第27話 樋口廣太郎
アサヒビール中興の祖
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