世界の偉人シリーズ|第27話 樋口廣太郎 アサヒビール中興の祖・弱者を挑戦者に変えた男
1980年代、アサヒビールは、
「もう終わった会社」と言われていた。
市場シェア低迷。
社内には敗北感が漂い、
販売店からも弱気な声が出る。
ビール業界は実質、
・キリン
・サッポロ
・サントリー
が主役。
アサヒは「4番手」だった。
その頃、業界内では、「アサヒはもう無理だ」
という空気すら存在していた。
しかしそこへ現れた男がいる。
彼は「弱者の会社」を「挑戦者の会社」へ変えた。
樋口廣太郎
「弱者は、変化するしか勝てない」
を実践した男。
住友銀行 元副頭取。
1926-2010|アサヒビール中興の祖。
【銀行マンとして育つ】
1926年生まれ。
京都大学経済学部卒業後、住友銀行へ入行する。
彼は、元々ビール職人ではない。
醸造家でもなければ、ビール業界出身でもない。
銀行マンだった。
ここが非常に重要だった。
なぜなら彼は、
業界常識に染まっていなかったからである。
数字、
組織、
経営、
再建。
そういう視点で会社を見る人だった。
後に彼は、
この「外部視点」で、
アサヒを根本から変えていく。
【なぜアサヒへ来たのか】
1980年代のアサヒビールは危機的だった。
シェア低迷
赤字
社内の士気低下
社員の中には、
「どうせキリンには勝てない」
という諦めすら漂っていた。
そこで住友銀行は、
大株主 兼 メインバンクとして、
「改革者」役に樋口を送り込む。
彼は創業者ではなく、再建屋だった。
彼は、単なるコストカッターではなかった。
彼が最初に見たのは、決算書ではなく、
社員の「空気」だった。
【問題は商品ではなく「敗北感」だった】
樋口はアサヒへ来て驚く。
社員が、挑戦を諦めていたのである。
問題は、商品力以前に、組織心理だった。
だから彼はまず、
数字ではなく、
空気を変えようとした。
当時の日本大企業には、
・前例主義
・減点主義
・失敗回避
が強かった。
しかし樋口は逆だった。
彼は社員へ繰り返し言う。
「失敗してもいい。
挑戦しないことの方が問題だ」
これは当時としては、
かなり異質だった。
しかしこの言葉が、
アサヒの空気を変えていく。
【若い技術者を抜擢した】
当時のアサヒ社内には、
強い閉塞感があった。
ベテラン中心。
前例重視。
無難主義。
しかし樋口は、
その空気では絶対に勝てないと考えた。
そこで彼は、若い技術者たちを抜擢する。
社内からは猛反発が起きた。
「そんな若手に任せるのか」
「無理だ」
「失敗する」
しかし樋口は押し切る。
なぜなら彼は、
「常識の中から、常識破壊は生まれない」
と理解していたからである。
そして彼らへ、極めて難しい要求を出す。
「キレがある。しかしコクもある」
普通なら両立できない。
だが樋口は、そこに新市場があると見ていた。
【スーパードライ革命】
1987年、アサヒは、
アサヒスーパードライを発売する。
しかしこれは、単なる新商品ではなく
業界常識破壊だった。
当時のビール業界では、
・重厚感
・苦味
・コク
が主流だった。
しかし樋口は、時代の空気を見ていた。
高度成長が終わり、
消費者は、
「重いもの」より、
「軽快さ」を求め始めていた。
そこで彼は考える。
「コク」だけでは古い。
しかし「軽さ」だけでは物足りない。
ならば、
「キレがあるのに、コクがある」
という、相反するものを両立できないか。
ここが面白い。
普通の経営者は、既存市場の中で戦う。
しかし樋口は、
「評価軸そのもの」
を変えようとした。
そして生まれたのが、
「辛口」
という新市場だった。
これは単なる味の話ではない。
「新しい時代感覚」
を商品化したのである。
【ビールは鮮度が命だった】
さらに彼は、別の本質にも気づく。
それが、
「ビールは鮮度が命」
ということだった。
当時のアサヒは、
醸造後一週間近く経過したものを出荷していたと言われる。
つまり、
元々商品力で劣勢。
さらに鮮度も悪い。
これでは勝てない。
樋口はそこに気づく。
どれだけ広告を打っても、
古いビールでは意味がない。
彼は、
製造
↓
物流
↓
鮮度
↓
味覚
↓
ブランド
を一体で見ていた。
だから彼は、
「鮮度が命」
というキャッチコピーを打ち出す。
これは単なる宣伝ではない。
「品質構造そのもの」
を変える宣言だった。
【通常の3倍を投じた工場】
特に象徴的なのが、工場改革だった。
普通の経営者なら、赤字企業ではコスト削減へ向かう。
しかし樋口は逆だった。
彼は、通常の3倍近い建設費を投じて
最新鋭工場を建設する。
その資金は、住友銀行に融資させた。
これは普通ではない。
しかし彼には確信があった。
「世界に負けない工場を作る」
その象徴が、アサヒビール茨城工場だった。
彼は工場を、単なる製造設備として見なかった。
世界へ誇れる場所。
人が集まる場所。
ブランドを体験する場所。
そして、経営的には、
・首都圏近接
・高速道路網
・物流効率
・巨大需要に対応できる生産力
を持たせ、
「東京市場を制圧する基地」
「首都圏攻略拠点」
として設計したのである。
さらに彼は、閉鎖的だった工場を、
「公園化」させた。
緑地
見学導線
開放感
しかも茨城工場には、
利根川まで見渡せるように空中回廊まで作らせた。
これは樋口の強いこだわりだった。
工場見学は、現在でも予約制で行われている。
つまり彼は、工場を、
「ブランド体験空間」
へ変えたのである。
なぜなら人は商品だけで買わない、
と理解していたからである。
工場を見る。
↓
品質への信頼。
↓
企業イメージ向上。
↓
鮮度感。
↓
ブランド価値向上。
樋口は工場を、
「需要創造装置」
として見ていたのである。
【大逆転】
結果は歴史的だった。
スーパードライは爆発的にヒットし、
アサヒは急回復した。
ついには、キリン一強時代を崩す。
これは日本企業史でも有名な、
大逆転劇となった。
しかし樋口の本当の凄さは、
ヒット商品ではない。
「負け組組織の心理」
を変えたことだった。
【樋口廣太郎という人物】
彼は非常に特徴的だった。
・超前向き
・合理主義
・挑戦重視
・人を信じる
・弱者戦略に強い
特に彼は、
「できない理由」
を嫌った。
さらに面白いのは、
彼が業界人ではなかった点である。
だから既存常識を疑えた。
・工場は閉鎖的でいいのか
・ビールは重い方がいいのか
・鮮度は軽視していいのか
・弱者は同じ土俵で戦うべきか
全部疑った。
だからアサヒは変われた。
【アサヒに残った文化】
現在のアサヒにも、
・挑戦志向
・スピード感
・攻めの姿勢
・市場変化対応
が色濃く残る。
特に、
「業界常識を壊していい」
という文化は、
樋口改革の影響が大きい。
彼は商品だけでなく、
「会社の人格」
そのものを変えたのである。
【戦っていた相手】
樋口廣太郎が戦っていたのは、
キリンだけではない。
本当に戦っていたのは、
・敗北感
・前例主義
・減点主義
・業界常識
・「弱者は勝てない」という空気
だった。
だから彼は、
・味を変え
・鮮度を変え
・工場を変え
・社員心理を変え
・ブランド体験を変えた。
彼がやっていたのは、
「ビール販売」ではなく、
「会社の空気改革」だったのである。
【これは戦略だったのか】
結果だけ見れば、スーパードライ成功譚。
しかし中には、かなり強い型がある。
・弱者は同じ土俵で戦わない
・業界常識を疑う
・空気を変える
・心理を変える
・鮮度を構造で管理する
・設備をブランド装置として使う
・若手へ賭ける
・相反する価値を両立する
極めてアサヒらしい構造である。
しかも面白いのは、
彼が「ビール」だけを見ていなかった点だ。
普通なら、
商品
↓
販売
↓
利益
を見る。
しかし樋口は違った。
組織心理
↓
挑戦文化
↓
商品革新
↓
鮮度改革
↓
ブランド信頼
↓
市場逆転
を見ていた。
つまり彼は、
「人の意識構造」
そのものを変えようとしていたのである。
【まとめ】
樋口廣太郎は、ビールを作った人ではない。
「挑戦する組織」
を作った人だった。
だから彼は、
・空気
・心理
・鮮度
・工場
・ブランド
・組織文化
を全部繋げた。
その結果、
夕陽ビールと呼ばれたアサヒは、
朝陽ビールへ変わっていく。
周囲からは、
「無理だ」
「キリンには勝てない」
と言われた。
しかし彼は止まらなかった。
なぜなら彼は、
「弱者だからこそ、変われる」
と理解していたからである。
そして実際に彼は、
日本のビール史を変えた。
樋口が残したのは、
単なるヒット商品ではない。
諦めていた会社が、再び前を向く構造
そのものだったのである。
次回予告
世界の偉人シリーズ|第28話 藤田田
日本マクドナルド創業者
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