世界の偉人シリーズ|第15話 出光佐三 出光興産創業者・日本人の誇りを守り続けた男
世の中には、
利益を追って巨大化した企業がある。
一方で「思想」によって巨大化した企業もある。
その代表格が、出光興産だった。
彼は、単なる石油王ではない。
「人間を中心に置いた経営」
を、本気で信じていた男だった。
だから彼は、
・社員を解雇しない
・外資へ支配されない
・利益だけを目的にしない
という、極めて異質な経営を行う。
その異質さが、戦後日本を支える巨大企業へ繋がっていく。
彼が作ったのは、石油会社ではない。
「思想を持った企業」だったのである。
出光佐三
戦後日本を代表する実業家。
出光興産創業者。
後に『海賊とよばれた男』のモデルとなる。
1885-1981|出光興産 創業者。
【病弱な少年だった】
出光は、
福岡県宗像郡赤間村に生まれる。
現在のような、
巨大企業創業者のイメージとは違う。
幼少期は、
・病弱
・視力が弱い
・身体も強くない
決して、天才型ではなかった。
しかし彼には、一つ特徴があった。
異常に考え込む。
普通の人間なら流すことを、
徹底的に考える。
後に彼は、
「頭が悪いなら、
人より深く考えればいい」
という趣旨を語っている。
ここに、後の経営哲学の原型がある。
【「士魂商才」と出会う】
神戸高等商業学校へ進学。
(現在の神戸大学系譜)
ここで彼は、
人生を変える思想に出会う。
校長・水島銕也が語った、
「士魂商才」
である。
商売にも武士の精神が必要
という考え方だった。
利益だけではない。
・国家
・社会
・人間
・誇り
を持って商売をする。
この思想は、出光へ深く刺さる。
後年の彼は、
「黄金ではなく、
人間を掘り当てるのだ」
という有名な言葉を残している。
彼は、最初から、
「金儲けのための会社」
を作ろうとしていなかった。
【なぜ石油をやったのか】
当時の日本石油業界は、
外国資本が支配していた。
・スタンダード・オイル
・シェル
・ライジングサン石油
巨大外資が強かった。
日本企業は、
ほぼ従属状態だった。
出光はそこに危機感を抱く。
彼は考える。
「日本人の生活を支える燃料を、
外国に握らせていいのか」
彼にとって石油は、
単なる商品ではなかった。
国家インフラだった。
1911年、25歳で門司に
「出光商会」を創業する。
当然、最初から上手くはいかなかった。
【創業初期は失敗続き】
現在の出光興産からは、想像しにくい。
しかし創業直後は、かなり苦しかった。
・信用がない
・資金がない
・仕入れが弱い
・大手に相手にされない
しかも石油業界は、既得権が強い。
新人が入る余地は少なかった。
実際、創業後数年間は、
ほぼ赤字だったと言われる。
普通なら諦める。
しかし彼は違った。
なぜなら彼は、利益より先に、
「必要性」
を見ていたからだった。
【「海賊」と呼ばれた理由】
当時、石油販売の常識は、
「客が店へ来る」
だった。
しかし出光は逆に考える。
「こちらから行けばいい」
彼は、船へ直接燃料を届ける
「船上給油」を始める。
今なら普通だ。
だが当時は、かなり異常だった。
既存業者は怒る。
「市場を荒らす海賊だ」
しかし顧客からすると、
・早い
・便利
・安い
だから支持される。
ここに、出光の本質がある。
彼は、
「業界の常識」ではなく、
「顧客の不便」
を見ていたのである。
【最大の特徴は「人間尊重」】
出光を語る上で、
最も重要なのがこれだ。
彼は、会社を利益装置だと思っていなかった。
社員は「従業員」ではない。
「店員」と呼んだ。
つまり、一緒に店を守る仲間。
ここが、かなり独特だった。
そのため出光には長く、
・リストラなし
・定年制なし
・労働組合なし
という文化が存在した。
理由は単純。
「会社と社員は敵ではない」
と考えていたからである。
【戦後、会社は壊滅する】
1945年、日本敗戦。
海外資産を多く持っていた出光は、
大打撃を受ける。
普通の会社なら、
大量解雇するしかない衝撃だった。
しかし出光は、
ここで有名な決断をする。
「一人も首を切らない」
社員6000人を守ると宣言したのだ。
しかし当然、仕事がない。
そこで彼は、
・農業
・漁業
・ラジオ修理
・印刷
など、あらゆる仕事を社員総出で始める。
これは、単なる美談ではない。
「人を守るために、
事業を変える」
という、極めて現実的な経営だった。
【「日本を変えた」と言われる背景】
出光の最大の成功は、
単に石油会社を成長させたことではない。
「日本のエネルギー主権」
を守ろうとしたことである。
戦前から戦後当時、
石油は完全に世界メジャーが支配していた。
欧米巨大資本が、価格も供給も握っていた。
日本は、
「石油を止められたら終わるくな」だった。
実際、太平洋戦争でも、
石油封鎖は日本敗戦の大きな原因となった。
「エネルギーを外国に握らせれば、
国家そのものが弱くなる」
出光はこう考えていたのだ。
【日章丸事件】
1953年、
世界が彼へ注目する事件が起こる。
イランが石油国有化を行い、
英米資本と対立。
世界中が、イラン原油を避け始める。
しかし出光は違った。
「誰も買わないなら、日本が買う」
巨大タンカー「日章丸」を派遣。
世界の石油メジャー、
各国政府、
巨大圧力の中、
イラン原油を日本へ運び込む。
これは、単なる商売ではない。
「外資に支配されない日本」
への挑戦だった。
この成功によって、
出光は一気に知名度を上げる。
そして、
「海賊とよばれた男」
という伝説へ繋がっていく。
【彼が作った社風】
出光の性格は、
そのまま会社文化になる。
特徴的だったのは、
・現場主義
・理念重視
・独立志向
・人間中心
・長期視点
である。
特に彼は、机上論を嫌った。
役員でも、現場を知らなければ意味がない。
だから出光は、現場感覚が強い。
また彼は、利益至上主義を嫌った。
有名な言葉がある。
「金儲けを目的にするな」
利益は結果。
先にあるべきは、社会への貢献。
この思想は、
現在の出光興産にも残っている。
【戦っていた相手】
出光が戦っていたのは、
競合企業だけではない。
本当に戦っていたのは、
・外国資本依存
・利益至上主義
・社員切り捨て
・短期利益思考
・「会社は金儲け」という常識
だった。
だから彼は、
社員を守り、
現場を守り、
独立を守った。
彼にとって経営とは、
「人間を守る行為」
だったのである。
【これは戦略だったのか】
結果だけ見れば成功譚。
しかし実際には、
かなり異常な構造を持っている。
・外資資本の巨大市場へ挑む
・「常識」を逆側から見る
・利益より理念を優先する
・顧客ではなく「国家の未来」を見る
・社員をコストではなく仲間と考える
・現場を徹底的に重視する
・供給網そのものを握る
・短期利益より長期独立を選ぶ
極めて出光らしい構造である。
特に特徴的なのが、
「商売」と「国家観」が一体化していた
ことだった。
普通の経営者は、
市場規模を見て参入を決める。
しかし出光は違った。
「日本が将来、何を失うと危険か」
を先に考えていた。
だから彼は、
石油
↓
物流
↓
供給網
↓
産業
↓
国家経済
↓
日本の独立
を、一つの流れとして見ていた。
彼にとって石油とは、単なる商品ではない。
「国家を動かす血液」
だったのである。
さらに面白いのは、
彼が理想論だけの人物ではない点だ。
・海上給油
・独自販売網
・大型タンカー運用
・海外直接交渉
つまり、
物流を変え、
販路を変え、
供給構造を握り、
海外へ直接乗り込んだ。
彼は、
「思想」と「現実」
の両方を持っていた。
だからこそ、
理念が空論で終わらなかった。
出光は、
「理念だけの理想家」ではなく、
「理念を現実へ落とし込む実務家」
だったのである。
【まとめ】
出光佐三は、
石油王というより、
「武士商人」
だった。
彼は、
・利益より人間
・外資依存からの脱却
・社員を守る
・現場を重視する
という思想を貫いた。
そして彼が作ったのは、
単なる石油会社ではない。
戦後日本を支える、
巨大エネルギーインフラだった。
だが原点は、
石油ではない。
「人間を大切にする」
という、
極めてシンプルな思想だったのである。
次回予告
世界の偉人シリーズ|第16話 渡邊祐策
宇部興産創業者
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