世界の偉人シリーズ|第34話 カーネル・サンダース KFC創業者・失敗の総量で世界を変えた男
世の中には、
若くして成功する人がいる。
天才と呼ばれる人がいる。
時代の波に乗る人がいる。
しかし、
「何度失敗しても立ち上がり続けた人」
は少ない。
仕事を失う。
事業を失う。
財産を失う。
年齢を重ねる。
多くの人はそこで諦める。
しかし彼は違った。
65歳。
普通なら引退を考える年齢だった。
それでも彼は再び挑戦した。
そして世界中の人々が知るブランドを作り上げる。
ケンタッキーフライドチキン。
しかし彼が本当に作ったのは、
フライドチキンではない。
「何度失敗しても人生は終わらない」
という証明だったのである。
カーネル・サンダース
KFC創業者。
フランチャイズ外食の先駆者。
1890-1980|起業家。
【貧困の中で覚えた料理】
1890年、アメリカ・インディアナ州に生まれる。
裕福な家庭ではなかった。
さらに幼い頃、父が亡くなる。
母は働きに出る。
その結果、
幼いサンダースが弟妹の面倒を見ることになる。
掃除
洗濯
そして料理
普通の子どもなら遊んでいる年齢だった。
しかし彼には選択肢がなかった。
生きるために料理を覚えたのである。
後に世界中へ広がるフライドチキンも、
実は貧しい家庭の台所から始まっている。
【失敗だらけの前半生】
サンダースは若い頃から職業を転々とした。
農業
鉄道員
保険営業
軍隊
フェリー事業
ガソリンスタンド経営
数えればきりがない。
普通に見れば失敗人生である。
しかし後から見ると違う。
彼は職業を変えていたのではない。
生き残る方法を探していたのである。
そして不思議なことに、
どの仕事をしていても料理だけは続けていた。
【道路脇の小さな食堂】
1930年、アメリカ・ケンタッキー州。
ガソリンスタンドを経営していたサンダースは、
客へ料理を振る舞い始める。
最初はレストランですらなかった。
ガソリンを入れに来た客へ食事を出していただけだった。
しかし評判になる。
特に人気だったのが、
フライドチキンだった。
当時の南部では、
フライドチキンは家庭のごちそうだった。
日曜日。
家族の集まり。
特別な日の料理。
つまり単なる食事ではない。
思い出の味だった。
サンダースはそこに気付く。
これは料理ではない。
感情が入った商品だと。
【家庭料理を商品に変えた男】
ここがサンダース最大の発見だった。
当時のフライドチキンは、
家ごとに味が違う。
作る人によって味が違う。
つまり、お袋の味であった。
しかしそれは再現性がないことを意味する。
普通なら欠点である。
しかしサンダースは逆に考えた。
家庭ごとに違うなら、
標準化すれば価値になる。
そこで生まれたのが、
11種類のハーブとスパイスだった。
そして圧力調理による独自製法。
誰が作っても同じ味。
どこで作っても同じ味。
つまり彼は、
おふくろの味を仕組みに変えたのである。
【順調だった人生を壊したもの】
やがて店は大繁盛する。
サンダースは地域の有名人になる。
その功績が評価され、
ケンタッキー州知事から
「ケンタッキー・カーネル」の称号
を授与される。
ここから、カーネル・サンダース
と呼ばれるようになる。
しかし人生は突然変わる。
高速道路が開通したのである。
店の前を通っていた車が来なくなる。
客が消える。
味は変わらない。
店も変わらない。
しかし時代が変わった。
結果として店は売却。
事実上の失業状態になる。
【65歳、ほぼ無一文】
65歳。
多くの人が引退を考える年齢だった。
手元に残ったのは、
わずかな年金とレシピだけ。
普通なら諦める。
しかしサンダースは考えた。
店は失った。
だが味は残っている。
つまり、まだ戦える。
【1000回以上断られる】
ここから伝説が始まる。
アメリカン・ドリームが始まる。
サンダースは車に乗り、
全米のレストランを回る。
提案は一つだけだった。
私のフライドチキンを使わないか?
断られる。
また断られる。
さらに断られる。
何百回。
何千回。
車中泊をしながら営業する日々。
年齢は65歳を超えている。
普通なら心が折れる。
しかし彼は続けた。
若さではない。
才能でもない。
執念だった。
【11種類のスパイスより凄かったもの】
多くの人はKFCの強みを、
11種類のハーブとスパイスだと思っている。
もちろん重要である。
しかし本当に凄いのはそこではない。
サンダースが作ったのは、
レシピではなく、
レシピを守る仕組みだった。
現在でもKFCのレシピは完全公開されていない。
有名なのは、
一人の人間が全てを知らない
という管理方法である。
レシピは分割される。
複数企業で管理される。
工場で調合される。
店舗には完成品が届く。
つまり、
店舗スタッフはレシピを知らなくてもKFCを作れる。
ここが重要である。
普通の飲食店は、
料理人が辞めれば味が変わる。
しかしKFCは違う。
人が変わっても味は変わらない。
世界中どこでも同じ味になる。
サンダースは料理人だった。
しかし経営者として優れていたのは、
職人技を仕組みに変えたことだった。
【店を増やさなかった男】
サンダースはさらに面白い発想を持っていた。
自分で店を増やさない。
味を貸し出す。
現在なら当たり前のフランチャイズ。
しかし当時は革新的だった。
店主は利益を得る。
サンダースはロイヤリティを得る。
そしてKFCは全米へ広がる。
彼はフライドチキンを売っていたのではない。
味の仕組みを売っていたのである。
【世界一有名な老人になる】
やがてKFCは急成長する。
会社は売却される。
しかしサンダースは消えなかった。
白いスーツ。
黒いリボンタイ。
白いヒゲ。
世界中の広告へ登場する。
彼自身がブランドになったのである。
実際には創業者。
しかし消費者から見れば、
優しいおじいちゃん。
これほど創業者自身がブランドになった例は少ない。
【戦っていた相手】
サンダースが戦っていたのは、
他のレストランではない。
本当に戦っていたのは、
・貧困
・年齢
・失業
・破産
・高速道路による環境変化
・1000回以上の拒絶
・料理人依存
・味のばらつき
・再現性のない外食産業
・諦めたくなる自分自身
だった。
彼はフライドチキンを広めたかったのではない。
人生は何度でもやり直せることを証明したかったのである。
【これは戦略だったのか】
結果だけ見れば、世界最大級の外食ブランド成功譚。
しかし彼の行動には一貫した型がある。
料理を覚える
↓
味にこだわる
↓
家庭料理を磨く
↓
レシピを標準化する
↓
店が繁盛する
↓
環境変化で失う
↓
レシピだけが残る
↓
全国を回る
↓
断られる
↓
また回る
↓
フランチャイズ化する
↓
店舗が増える
↓
ブランドになる
↓
世界へ広がる
さらに、
家庭料理
↓
再現性を持たせる
↓
標準化する
↓
秘密を守る仕組みを作る
↓
誰でも作れる
↓
組織化できる
↓
世界中で同じ味になる
↓
ブランドになる
つまりサンダースは、
フライドチキンを売っていたのではない。
家庭の味を世界共通の仕組みに変えたのである。
【まとめ】
カーネル・サンダースは天才ではない。
若くして成功したわけでもない。
何度も失敗した。
何度も職を変えた。
店も失った。
そして65歳で再出発した。
しかし彼は諦めなかった。
だから世界を変えた。
彼が残したものは、
11種類のスパイスだけではない。
人生は何歳からでも挑戦できるという希望だった。
そしてもう一つ。
彼は証明した。
強いブランドとは、
秘密のレシピではなく、
秘密を守る仕組みから生まれることを。
カーネル・サンダースは、
フライドチキンを売った男ではない。
世界で初めて、
「家庭の味を世界共通の仕組みに変えた男」
であり、
「失敗の総量で勝った男」だったのだ。
多くの人は彼に、KFCの成功を見る。
しかし、サンダースが本当に作ったものは
フライドチキンではない。
年齢も、失敗も、再出発を止める理由にはならない
という仕組みだったのである。
次回予告
世界の偉人シリーズ|第35話 ウォルト・ディズニー
ディズニー創業者
こちらが投稿記事インデックスです。
ご関心がある記事があれば是非ご覧ください。
投稿記事インデックス ★こちらで関心ある記事をお探し頂けます
投稿記事インデックス#2 ★シリーズ毎の閲覧メリットを説明しています
孫子の兵法シリーズ目次 ※全42話が確認頂けます
三十六計シリーズ目次
世界の偉人シリーズ|インデックス
いいなと思ったら応援しよう!
もしよろしければ応援をお願いいたします。いただいたチップはクリエイター活動費に使わせていただきます!ありがとうございます。