篠澤広は掴める大気
学マスはナナウ広を引いて燃え尽きたのでそれ以降ログインしていません。が、久方ぶりにサンフェーデッドを聞いて涙が出たので、書いております。
少女ロマン
まず、人生に足りないもの、それが篠澤広だったように思います。空白のピースが嵌ったような感覚に陥ったのです。いや、違う。そんな、何万分の1という存在感ではない。本当は丸々スペースが空いていたのではないか。篠澤広が座る席が、とうの昔に用意されていたのではありませんか。どうも不満足だったのは、隣に篠澤さんがいなかったからなのでは、ありませんか。
サンフェーデッドからは、塩素の匂いがします
柔らかで温かい。けれど、さらさらしている。これというのは、物質ではない。例えるなら、春。窓際の陽気。わかっています。サンフェーデッドはうるさく暑い夏の曲です。うるさいというのは率直な印象でもありますが。頭痛がするほど眩しいのです。サンフェーデッドからは、塩素の匂いがします。それも三年前くらいに訪れたプールの匂いが。それでも、春を感じたのです。始まりを告げる妖精。女神でしたか。私の人生が始まった心地がしたのです。
私には、篠澤さんが透けて見えます。でも、不思議なのは、彼女は存在しているのです。彼女は物質です。人間です。それも、人目に多くつくアイドルとしてこの世界に存在しています。不思議なのです。幻想のようなお方です。手で撫でたら、その部分が歪んで重力に逆らいながらふんわり消えてしまいそうです。なのに歌って踊って、地に足をつけてすぐそこで歩いているのです。
物質篠澤広:概念篠澤広
私は、どうして篠澤さんが好きなのか考える時、きっと、私よりもうんと勉学ができて、世界から期待されている大天才が、私を連れ出して私と歩みを共にしてくれるんだ、そういう、一種の優越感からだと思っておりました。今は、違います。本当は、篠澤さんがどんなに勉学ができなくたって、別に構わなかったのです。ただ、心地よいのです。目や耳で感じる要素が好きだというのも勿論、ありますが、たとえ五感がなくなっても感じられるそういう、雰囲気、が好きなのだと思います。雰囲気の言い換えが大気しか思い浮かばない己の語彙力の無さに絶望しながら、それでも尚、篠澤広を大気だと、言いたいのです。篠澤さんが側にいなくたって、包まれているのです。もはや概念です。
しかし、私の思う篠澤さんの魅力は、無機質な見た目と豊かな内面のギャップ、であることは、今も昔も変わりません。
もうすぐ暑くなりますね
篠澤さんとお花畑にて。大きな風車のある、小ぶりのかわいらしい花のたくさん咲いたところ。そうして、一緒にしゃがんで、たくさんある花の中から、同じ花に目をつけるのです。それくらいの、運命的な出会いだったように、思います。
いつだって眩しいのです。なのに色褪せるだなんて。この文章は楽曲考察ではありませんし、まだ纏まりきっていませんからこれといったことは書けません。が、書くとするならば。色褪せるほど照らされたのは我々だと率直に思うのです。目眩がするほどの衝撃を受けたあの「光景」を、忘れられないのです。
それではまたどこかで。
