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noteよ、お前は“言葉の戦場”じゃなかったのか

正直に言おう。
俺は、最近noteで人の記事を読まずにスキを押している。

理由はシンプルだ。
他人の記事にスキを押さないと、自分の記事が埋もれるからだ。

フォローして、スキして、コメントして、回す。
つまり**「中身より先に数字」**っていう、奇妙なゲームに自分も片足突っ込んでる。

そして、気づいた。



「読んだよ」じゃなくて「押しとくね」になってるこの感じ、ちょっと違和感あるんだよな。



なんで“スキ”っていうボタンが、
「読んだ証」じゃなくて「義理のお返し」になってるんだ?

・読んでなくても押されるスキ
・一文字も見てないのに届くコメント
・数字が大きいほど「すごい人」みたいな空気

気づいたら、言葉の中身じゃなくて、通知欄だけが賑やかになってた。



たぶん、みんなうすうす気づいてる。
「これ、読まれてないよな?」
「これ、本当に“届いてる”のか?」って。

でも誰も言わない。空気が悪くなるから。
バズってる人に文句つけるみたいで、めんどくさいから。
だから、みんな黙って“スキだけ押して帰る”。



その結果、noteには今や
「投稿後1時間でスキを伸ばすExcel分析×戦略」
みたいな攻略記事まで出てくる始末だ。

おい、いつからnoteはRPGになったんだ。
しかも攻略法が“いいね回し”って、どんな終末ゲームだよ。笑



noteって、もっと「本音」で勝負できる場所じゃなかったのか?

俺はnoteが好きだった。

SNSが表面だけになっても、
YouTubeが映像ばっかりになっても、
noteだけは**「言葉そのもので戦える場所」**だと思ってた。

なのに今は、
“スキ回し”というぬるま湯で、本気の文章が沈んでいく。



読まれてないnoteがスキ1000。
一晩で数字が跳ねてる記事の中身が、空っぽだったとき。

もう一度、問いかけたい。



noteよ、お前は“言葉の戦場”じゃなかったのか。



ここは、読まずに押すボタンゲームをやる場所なのか?

それとも、
読む側も、書く側も、本音で殴り合える場所だったはずじゃないのか?



俺は、これからも人のnoteを全部読むことはできないかもしれない。

でも少なくとも、
読んでないものにスキは押さない。

中身のない数字より、
1人の本気の読者に刺さる言葉を書きたい。



回さなくていい。
スキ返しもしなくていい。
読んだあとに、「なんか刺さった」と思ったら押してくれ。

俺は“言葉で勝負するnote”を、まだ諦めてない。

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KAZUYA/デビル 面白かったらコーヒー1杯おごってください。笑    次の「なんでやねん」の燃料になります。