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こちら「承認のコップ」シリーズ6部作の1話目です。
単話でもお楽しみいただけます。
5話目・6話目は有料記事となります。


「ねぇ、みて!」
「ねぇ、聞いて〜」
「これはなに?」

子どもと接していると、何度も聞く言葉だ。

これを「構ってほしいだけ」と思う人がいる。
でも少し違う。

自分がやっていること、考えていることを、
誰かに話したいだけだ。

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毎回言われるとイライラするものだが、
できれば対応してあげてほしい。

「見てるよ」
「聞いてるよ」
「なんだろうね」

目を見て、ゆっくり答えれば、
一回で済むことが多い。

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これが「承認する」ということだ。

褒めることとは違う。

やっていることを、事実として認める。
すごいなら「すごい」。
実行したなら「実行したね」。

それだけでいい。

先生が使う謎のハンコがある。

「みました」

点をつけるわけでもない、指摘するでもない。
出したから、見た。
見たから、見た。

それだけの意味しかないハンコだが、
それでも子どもには必要なものだ。

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見ていないのに評価されることがある。

見ていないのに、何を評価できるのか。
そう思ったことがある人は多いはずだ。

見ているなら、その評価にも納得できる。

でも本人が「見てもらえた」という実感がなければ、
どれだけ見ていても、見ていないのと同じになる。

「見た」という実感がないまま評価されると、
人は納得できない。

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その実感が足りず、
実感が欲しくてたまらない状態を、
「承認欲求が高い」と呼ぶ。

認められたい、ということだ。

それが満たされない状態が続くと、
「自己肯定感が低い」と言われるようになる。

自分に自信がない。
それは、認められていないからだ。

認められたことがないのか、
認められたと思っていないのか。
そこは、人によって違う。

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話を戻す。

子どもが「ねぇ、見て?」と言ったとき、
これを無視するとどうなるか。

「見て見て!」
「見てよ!」
「見てって言ってるの!」

段々、エスカレートする。

「ああ、うるさい!」
「いま〇〇してるでしょ!」

街中でも、たまに見る光景だ。

私はこれを、
普段からの承認が足りていないサインだと見ている。

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子どもの機嫌や性格にもよるが、
普段から見ていれば、それで済む。

子どもに目線を合わせて、
「どうしたの〜?」
「いまは〇〇してるから、後で見るね」

そして忘れずに、後で必ず、
「さっきの、どうしたの?」と聞く。

これが約束だ。

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「1回やって、変わらない」というのは論外だ。

承認が欲しくなるまでには、日々の積み重ねがある。
だから、改善にも日々の積み重ねが必要になる。

少しずつ溜めていくものを、
「承認のコップ」と呼ぶことがある。

手で水を汲んで、コップに注いでいく。
そういうイメージのもの。
本当に地味な作業だ。
時間もかかる。

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厄介なのは、コップに水を溜めるのは大変なのに、
倒れるのは一瞬だということだ。

(倒れやすさは、人によって違う)

誰かが時間をかけて溜めた水を、
心ない誰かが、理不尽に怒ることで。
見てもいないのに評価することで。
聞いてもいないのにレッテルを貼ることで。

たった1回で、倒してしまうことがある。

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承認のコップは、目に見えない。

だから、倒れたのか倒れていないのか、
確認する必要がある。

「なんでそんなことを」
「ここまでやったのに」

そう思うことも、正直ある。

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それでも、意識的に水を注ぎ続けると、
ある日突然、変化が起きる。

「勉強するわ」

人の話を、急に冷静に聞き出したりする。

承認のコップが、溢れた。
そう表現するのが、一番しっくりくる。

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コップが溢れると、話は早い。

そこでようやく、「叱る」も「褒める」も通用する。

承認とは、見ているということだ。
本人が「見られている」と自覚したとき、
初めて、見た後の感想も受け取ってもらえる。

それが、信頼関係だ。

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特別に褒める必要はない。

「〇〇しました」
「〇〇してるね」

その程度でいい。

それだけのことが難しいのは、
人間の感情が、そこで簡単に乱れるからだ。

冷静でいること。
感情と向き合うこと。

そちらの方が、よほど難しい。

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ときどき、承認のコップが
すでに壊れている子どもに出会うことがある。

地面に落ちて、割れたコップ。

正直に言うと、
私にはそのコップを直すことはできない。

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ではどうするか。

水をかけ続けるしかない。

コップの下に水たまりができれば、
それで保たれるかもしれない。

水をかけ続けて、地面に流れて、
泥の下から、新しいコップが見つかるかもしれない。

それでも、ある日突然、
「やるわ」と言い出す。

不思議なものだ。

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次回は、実際に出会った一人の生徒の話を書く。

授業を放棄し、
何を持っても来ず、
挨拶すら返さなかった子だ。

彼のコップに、私たちがどう水を注いでいったか。
その記録を、これから書いていく。

▶次回:着任初日、彼はすでに授業を放棄していた

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