チェーン店に似合う夜まくがある第3夜 サイゼリヤひとりの夜に、ミラノ風ドリアは少しやさしい
公式キャッチ風
おいしい、たのしい、イタリアン。
海空キャッチ
ちゃんとしなくていい夜に、知っている湯気がある。
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サイゼリヤに似合う夜がある。
誰かと盛り上がる夜でもいい。
学生がテーブルいっぱいに広げたドリンクバーのコップ。
若いカップルの、まだ会話の歩幅が合っていない感じ。
奥の席で、メニューを見ながら黙っている家族。
でも、いちばん似合うのは、少し疲れたひとりの夜かもしれない。
仕事帰り。
買い物帰り。
何かがあったわけではないけれど、何もなかったとも言い切れない夜。
そういうとき、サイゼリヤの明るさはちょうどいい。
高級店のように、こちらの事情を照らしてこない。
居酒屋のように、元気を要求してこない。
カフェのように、整った自分を座らせなくてもいい。
メニューを開く。
ミラノ風ドリア。
小エビのサラダ。
辛味チキン。
ほうれん草のくたっとしたやつ。
それから、ディアボラ風の野菜ソース。
あれが、めちゃくちゃ好きだ。
肉の上にのっているだけなのに、ただの付け合わせではない。
玉ねぎの細かさ。
にんにくの気配。
油と香味の、少しだけ雑なうまさ。
あのソースがあるだけで、皿の空気が変わる。
派手な主役ではない。
でも、いないと寂しい。
ドラクエで言えば、攻撃魔法ではなく、地味に効き続ける補助呪文みたいなものだ。
疲れた夜には、そういう味がちょうどいい。
人は元気なとき、新しい味を探せる。
でも、少し擦り減った夜には、知らないものより、知っている温度がいい。
ミラノ風ドリアが運ばれてくる。
白い皿。
焼けた表面。
端のほうで、ソースが少しだけ固まっている。
スプーンを入れると、湯気が上がる。
その湯気を見ていると、今日の自分が少しだけ戻ってくる。
完璧ではない。
特別でもない。
でも、温かいものが目の前にある。
それだけで、人は少し持ち直す。
サイゼリヤのいいところは、誰の夜も大げさにしないところだと思う。
落ち込んでいても、深刻な顔をしなくていい。
嬉しいことがあっても、祝いすぎなくていい。
ひとりでも、ふたりでも、家族でも、友だち同士でも、同じようにテーブルがある。
人生を変える食事ではない。
でも、人生を変えなくていい夜に、ちゃんと置いてある。
それは案外、すごいことだ。
ドリンクバーの氷が、グラスの中で鳴る。
隣の席で、誰かが間違い探しに黙っている。
レジの近くで、子どもが小さくぐずっている。
世界は今日も、きれいには整っていない。
でも、ミラノ風ドリアは温かい。
ディアボラ風の野菜ソースは、ちゃんとうまい。
テーブルには紙ナプキンがある。
水は自分で取りに行けばいい。
そのくらいの自由が、夜にはちょうどいい。
帰り際、レジで会計をする。
思ったより安い。
安さに救われる日がある。
味に救われる日もある。
でもたぶん、今夜救われたのは、ここが何も聞いてこなかったことだった。
外に出ると、少しだけ空気が冷たい。
お腹は満ちている。
心は満タンではない。
でも、空っぽでもない。
それで十分な夜がある。
サイゼリヤに似合う夜がある。
ちゃんとしなくていい。
少し食べて、少し黙って、少し戻る。
今夜は、それくらいでいい。
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今日の寄せの一文
主役じゃないソースに、夜を立て直されることがある。
