300年の時を越えたとて
京都の鈴虫寺。
ここに祀られているお地蔵様は
とても変わっている。
草鞋を履いたお地蔵様なのだ。
「なんでわらじを履いてるか、知ってる?
お地蔵さんがね、直接お願いをした人の家まで、
願いを叶えに来てくれるんだって。
ねぇ、すごくない?
今週行こうよ。」
そう教えてくれたのは、
同じイベントサークルに所属するミキだった。
ミキと私は、似ていると周りによく言われた。
「顔も性格も似てる」
「並ぶと双子みたい」
たしかに、すごく気が合った。
お互い笑い上戸で、イルカみたいにキュッキュッと鳴くように笑う彼女と、さんまみたいに過呼吸になりそうなほどヒィッヒィッと笑う私。
飲み会に二人いると、笑い声がうるさいと
周りによく嗜められた。
誰かが私たちのことを、
チップとデールのようだ、
と言い出した。
どっちがチップ?
どっちがデール?と。
しっかり者のチップと、お調子者のデール。
正直、どっちもどっちだったけれど、
お互いに自分がチップだと言い張ったっけ。
週末。季節は梅雨。
私たちは、電車を乗り換えて鈴虫寺に向かう。
さすがは有名なお寺。
石段には既に、鈴虫説法を聴くための
待ち行列が出来ていた。
カップルで来ている人も多いけれど、
私たちのように女性二人組が多かったように
記憶している。
鈴虫の涼やかで心地良い音色が響き渡る。
雨上がりの、露を纏った紫陽花。
青々とした庭。
鈴虫の透き通る音色。
目も、鼻も、耳も。
あの空間の至る所に、多幸感が満ちたりていた。
有難いお話を聴いて、お茶とお菓子を頂き、
私たちは草鞋を履いたお地蔵様の前で
手を合わせて、それぞれ願い事を念じた。
黄色の幸福御守を買って。
「願い事は、お互いに内緒ね?」
そう言い合って、わたしたちは帰路に着いた。
ミキとは、その後もお互いの家に
泊まり合ったり仲良くしていたのだけれど、
ちょっとずつ、距離は遠のいていった。
なぜだったか。
それは、明白だった。
サークル内の同じ人を好きになったからだ。
お互いに言わなかったけれど、
きっとそうなのだと悟っていた。
おそらく、ミキも。
なんとなく、ミキは鈴虫寺で
彼との恋の成就を願ったのではないかと、
そう思っていた。
それでも、彼女の気持ちも、願い事も、
言葉にして確かめてはいけない気がした。
口にした途端、何かが崩れてしまいそうな、
そんな気がしたから。
私がバイトに明け暮れるようになり、
サークルから足が遠のくにつれて、
少しずつ、少しずつ、
ミキとの距離感もどんどん遠くなっていった。
気づけば、四年間の大学生活は終わりを迎え、
ミキとは別々の道を歩んでいた。
「ねぇ。来月講習会で東京に行くからさ。
家に泊めてくれない?」
突然のミキからのLINE。
卒業式に一緒に写真を撮って以来。
久しぶりの連絡が率直に嬉しかった。
「いいよ、泊まりにおいでよ!」
と返した。
しかし、その直後に私の出張が入る。
ピンポイントで、ミキが泊まりに来る日。
「ごめん…、出張が入っちゃって、
泊めてあげられなくなっちゃった…」
「そっかー!残念だけど、次は会いたいね。
また東京行く機会があったら連絡するよー」
と来て、そこからは何の音沙汰も無くなった。
唯一つながっているFacebookを時々開くと、
ミキは海外に長期留学に行っていた。
Facebookで見る彼女の姿は、
現地に溶け込んでいて、
私の知らない人のよう。
もう日本に帰ってこないのかもしれないな。
なんとなく、そう感じていた。
いつしか私はFacebookすら、
全く見なくなっていった。
そしてまた、月日は流れて。
私は結婚して、子どもを二人産んだ。
二人目の子どもを産んで、1ヶ月後ぐらい。
悪露も続いていて、体調も悪い。
授乳と夜泣きで眠れない。慢性的な頭痛。
夫は育児に協力してくれない。
それでも、長男の生活を回さないといけない。
いろんなことに、途方に暮れていた時だった。
生まれたばかりの我が子を抱いて、
回らない頭で子守唄を歌いながら
寝かしつけていた昼下がり。
携帯が鳴る。
ミキからのLINEだった。
「ねぇ!鈴虫寺、
もうすぐ300年になるんだって!」
たったその一言のLINE。
わたしはそのLINEを見て、
なんて返そうか迷った。
「いいね、今週末行こうよ!」
そんな風に言えたら。
言えないのだ。だって今、自分が生きるのと、
子どもたち二人を生かすのに精一杯。
あの頃と違って、わたしの足は、
もう軽くない。
「そうなんだ!懐かしいね〜」
そんな無難すぎる言葉を返したと思う。
すると、すぐさま電話が鳴る。
驚いて出る。
「どうしたの?」と聞くと。
「なんか、元気が無い気がしたから
電話しちゃった」
電話口のミキのあいも変わらず明るい声に、
私はなぜか涙が溢れた。
きっと、思っていた以上に心が弱っていたのだ。
そこから、堰を切ったように
お互いの10年分の話をし合った。
ミキは今は、日本に戻ってきて、
私立大学の助教をしているのだという。
「鈴虫寺のニュースを見たらさ、
◯◯に連絡しなきゃーって思っちゃって」
そこから私たちは2時間ぐらいは
ぶっ通しで喋ったと思う。
「ねぇ。今だから言える話していい?
あの時さ。鈴虫寺で何お願いした?」
ふとミキが聞く。
「なんだったかなぁ?
私は、本当にありきたりな願い事。
私に関わってくれる人全員、
もれなくみんな幸せになりますように、って」
途端にミキは笑い出す。
「全く一緒でウケるんだけど!
世界平和と迷ったんだけど、
そこまでの器は私にはないわと思って、
自分と関わる人全員って願った」
「…てっきり、先輩との恋の成就を
願ったのかと思ったよ」
と私が言う。
「わかる!私も一瞬そう思ったんだけどさ。
なんか成就してほしいのかほしくないのか、
よくわかんなくなっちゃってさ」
やっぱり私たち、思考回路まで似てるよね、
という話をする。
「あ、知ってる?
あの先輩、あの後ネットワークビジネスに
ハマってさ。
今、組織の長的ポジションらしいよ!?
だからうちら、恋愛の成就を願わなくて
大正解!」
理由に思わず大笑いする。
うちらリスク回避能力高すぎる、と。
久しぶりに、本当に久しぶりに
声を上げて笑って、がんじがらめになって
冷え切っていた私の心がぽかぽか温かくなる。
「電話くれて、ありがとね。
ミキのおかげで、気持ちがずっと楽になった」
「…今すぐは無理だけどさ。
◯◯は育児で大変だし、
私もまたしばらくしたらノルウェー行くしさ。
だけど、また何年か、何十年か後でも、
鈴虫寺行こうよ。
やっぱり私らの周り、
みんな幸せになったよね!?ってさ。
わらじ地蔵さんに御礼参りに行こうよ」
ミキらしい発想に笑う。
「まずは自分が幸せにならなきゃね。
それが第一歩。」
幸せでいよう。
そう誓い合って、電話を切る。
いつか、いつか。
私たちはきっと、御礼参りに行く。
私たちの大事な人たちを全員、一人残らず
幸せにしてくれてありがとうございます、と。
だから、まずは絶対に自分。
自分が幸せにならないといけない。
暗い顔をしている場合じゃないのだ。
ミキはやっぱり天才だな。
やっぱりチップの座はミキに譲って、
わたしはデールに甘んじよう。
デールだって、周りを明るくする天才だもの。
いつ行けるかな。
ミキが日本に帰ってきたら?
わたしたちがおばあちゃんになって、
みんなの幸せを確かめてから?
焦らなくても大丈夫。
わらじ地蔵様は、鈴虫寺は、
きっと何年でも、何十年でも、
待っていてくれる。
鈴虫の涼やかな音色は変わらずある。
たとえ、300年経ったとて。
たかっちさんの300note祭りに参加します!
メンバーラウンジ300人達成、
おめでとうございます!
そして楽しい企画、ありがとうございます!
