手前の向こう側に行きたいのだ
書いてみたい話がある。私に書けるかわからない。書いたことがないから書き方がわからない。
でも書きたい。それが何個もある。
時間がない、は言い訳でしかない。
私より時間のない人はきっとごまんといる。
でも私の掌に時間が無いと感じてしまうのはなんでだろう。
何かの本で、寝ている時の人の脳の中では、テレビが100台ぐらいついている中でいろんな情報を取り込んで整理をしようようなものなのだと書いてあった。
あっちこっちのテレビから得られる、てんでばらばらの視覚情報。パッパッパっと視線が目移りする。だから夢はいつも流れるストーリーのようではなくて、破茶滅茶な展開のことが多いのだと。
現実世界の私の頭の中も、なんだかそんな感じになっている。仕事と、子どものことと、夫のことと、生活のことと、浮かんでは消えていくいろんな絵空事。
私の頭の中にある大量のディスプレイに、いろんなことが浮かんでは消えていく。
書きたい。書き落としたいのに。
書く前に、シャボン玉のように消えていく。
書きたいなぁ。書けるかなぁ。
そんなことを今、考えている。
そう。そういえば。
今さらだけど、名前を変えました!
(今さらすぎる、って言われそう)
手前の向こう側。
命名、いろんな意味で爆裂王、きのころ師匠。
そして、アイコンは時空神、nimaさんよりご提供いただいた。
二人とも、向こう側人財である。
私も行きたいのだ…!向こう側に。
行きたいなぁ。行けるかなぁ。
いや、行けるかなぁじゃない。
行くのだ。自分で川を渡ろうとしなければ向こう岸になど行けない。誰もおんぶして連れて行ってなどくれないのだから。
わけわかめな話でごめんなさい。
今さっきまで、サッカーの親子お食事会で帰ってきたところでして。
コーチの熱い思いとか、子どもたちのやる気にあてられて、なんか私も、ちゃんとしたくなった。
ただそれだけ。
